#9



 ☆   ☆   ☆



翌々日。


さと子は朝からアイロンがけに苦戦していた。

下手だから……いや、それもあるけれど、それ以前に。


アイロンを熱するためのストーブが、うまく暖まらないのだった。


屋敷で働きはじめた頃、ストーブの傍で汗だくになってアイロンをかけていたら、「焚きすぎ!」とメイド長に怒られた。


……今は、火が弱すぎるように思う。


調整がむずかしい。


(こんなときに、魔法が使えたら……)


何度も思った。

エルンストやミアが、魔法を使うのを目の当たりにしてからは、ますますそう思う。


魔法なら火を入れるのも楽だし、いや、そもそも魔法でシーツのしわを伸ばせばいい話だ。


残念ながら(というか、当然ながら)、さと子に魔法の才能はないらしい。

というのも、屋敷に来てから、いろいろ妙なテストを受けさせられた。


後で知ったところでは、それは魔法が使えるかどうかを確かめるためのテストだったらしい。


テストの結果、見事「こいつは魔法を使えない」認定されている。


(余計なお世話!)


だいたい、こんなことで時間を無駄にしている場合ではない。


「他にも、やらなきゃいけない仕事が、たくさんあるのに……」


「あら、まだアイロンがけ?」


通りがけのミアだった。

両手で大きな鉄鍋をかかえている。


「うまく暖まらなくて」


「手伝うわ」


ミアはストーブの蓋を開いて、さっさと火加減を調整した。

それから、さと子と並んで手際よくアイロンがけを完了した。


「早い……」


「慣れよ。さ、行くわよ」


「ミアさんなら、アイロンなんか使わなくったって、シーツのしわも魔法で伸ばせるんじゃないですか?」


ミアは困ったような顔をした。


「わたし、そんなに魔法は上手じゃないのよ。かえって雑な仕上がりになるだけだわ。結局、手作業でやらなくちゃね」




建物の外へ出ると、広がる庭園の美しさに、さと子は目がくらみそうだった。


コケバラの花壇に囲まれたグロリエッテ。春の日差しを浴びて、象牙の色に輝くその柱を仰ぎ見ながら、さと子はミアの後についてゆく。


(今日はどこへ行くのかしら)


二人は林の中に入っていった。

暗いトウヒ林をずいぶん歩いて、やがて、壁が立ちふさがった。


高さ十メートルほどの城壁で、石の階段がくっついている。手すりもなにもない階段を、おそるおそる城壁の上までのぼる。

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