#8



 ☆   ☆   ☆



「ふん!」


エルンストは忌々しげに鼻を鳴らした。

アルミナ製の皿の中には、炭になった応募用紙の残骸が散らばっている。


「飽きもせずに、くだらないことを画策する奴らがいるものだ」


ミアの魔法によって抽選から排除された応募用紙だった。魔法の炎によって、かけられた呪いは消滅している。


エルンストはそれ以上、見向きもしなかった。それよりも──。


「年寄りたちは、相変わらずか」


蜂蜜酒に手を伸ばす。


「はい。おふたりとも、エルンスト様に会いたがっているようでした」


ミアが答えると、


「そうか……」


エルンストはそのまま黙ってしまった。心ここにあらず、といった様子で蜂蜜酒のボトルを見つめている。


しかし、すぐに気を取り直して、


「……応募は何件だった?」


「四百十六件でした」


ミアが即答する。


「そんなにか?」


前回の二割増しだ。


「枠を増やした方が、よろしいでしょうか?」


ミアが訊いた。


「ムリだな。会場に余分なスペースはあるまい。……ラウネン以外からの応募は?」


「七つの村から、参加希望の返事がありました。アインファッハとハルトネッキヒの二つの村が、枠を追加してほしいと要望しています」


「キャンセルが出れば、どちらかに回してやれ」


「かしこまりました。では、今回はアインファッハ村に」


だが、おそらくキャンセルは出ないだろうと、二人とも予想していた。


「ギルドは?」


「こちらも十枠、すべて埋まりました」


エルンストはうなずいた。


「連中が何か要求してきても、耳を貸す必要はないぞ。文句があるなら代表を通して、わたしが直接話を聞くと言っておけ」


「承知しました」


今度はミアがうなずいた。


「それと、別枠ですが、いつものように教会のチャリティ出店があります」


「話は聞いている。警備は?」


「手配済みです」


「よし。安全は最優先だからな」


エルンストはコルク栓をひきぬくと、それを鼻先に近づけてから、蜂蜜酒をグラスに注いだ。

金色がかった透明な液体が、グラスに満たされてゆく。


「……では、これは廃棄します」


ミアは皿を引き取った。


そして、そのまま退室しようとしたときだった。


エルンストが思い出したように声をかけた。


「あいつ……。あの新人はどうだ? 役にたってるのか?」


「サトコなら、真面目に頑張ってくれています」


「足を引っ張ってるようなら、持ち場を変えさせよう」


「いいえ。とても助かっていますわ」


「そうか? ならいいが」


エルンストはグラスを口元に引きよせ、わずかに傾けた。


「甘い……」


今度こそ、ミアはその場を退いた。

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