#7

それは、一風変わった木造建築だった。


橋を土台にして、川をまたぐようにして建っている。

怪物の足のような太い橋脚。巨大な梁が大屋根を支え、その大屋根から小さな三角屋根が、ツクシみたいにニョキニョキ突き出している。


(ヘンな建物……)


何の建物なのか見当もつかないまま、さと子は荷車を降りた。




入り口はとても大きくて、城門のようだった。

開いたままになっていて、フンワリと食欲をそそる香りがしてきた。


「いいにおい……」


建物の中に足を踏み入れると、広いフロアにテーブルが並んで、大勢が食事をしている。

その間を給仕たちが忙しく立ち回っている。

厨房の前には、いろいろな形をしたパンや、キノコや、ソーセージなんかが山盛りだ。


どのテーブルもにぎやかな歓談の声にあふれていた。客はみな料理を楽しみ、お茶を飲んだり、ビールやワインを傾けたり──。


この奇妙な外観の『ザクロ亭』は、昼は気取らない雰囲気のレストラン。夜は酒場として深更までにぎわう、ラウネンフルトの人気ビアダイニングだった。


「ちょっと、いい感じのお店じゃないですかぁ」


「何言ってんの。ダメよ、昼間っから飲んだくれちゃ」


ミアはずんずんと店の奥に進んでゆき、壁の前で足を止めた。

横長の壁一面に、大量の貼り紙がしてある。


「これはもう、要らないわね」


貼り紙の一枚に手を伸ばして、いきおいよくはがした。


それは、出店者募集の案内だった。応募の締切日はとっくに過ぎている。


どうしてこんなところに案内を貼っていたのか? さと子は首をひねった。


他の貼り紙に目を向けてみると……。


「引っ越しの手伝い募集? こっちは……モンスター退治、高額報酬約束……?」


他にも、


「迷子の毒ガエルを探しています」


「趣味のリュートを楽しむ会 ビギナー向け」


「魔法石、出張鑑定いたします」


……など、など。


ようするに、この壁は掲示板なのだった。

街の住人に向けて、さまざまなお知らせが貼られているのだ。


「ミアさん、これ見てください。報酬が銀貨十枚も! ……魔法薬の治験?」


興味津々で貼り紙をながめるさと子をよそに、ミアは持参した新しい案内を、わずかな空きスペースに丁寧に貼り付けた。


「それは何の案内ですか?」


「求人よ」


お屋敷のパート募集だった。ちゃんと屋敷公認のサインが入っている。


「人手不足なのよ、何をするにしても」


ミアは切実な口調で言った。


それはそうとして、さと子はますます不思議だった。どうして、こんな場所に掲示板があるのかしら?


その理由もすぐに分かった。


店のフロアの反対側に、もうひとつ出入り口がある。そこから入ってきた客が、掲示板の前を通り、店の中を横切って、さと子たちが入ってきた側から出て行った。

誰もとがめる者はいない。


他にも大勢、当たり前のような顔をして店の中を通り抜けていく。中には掲示板の前で足を止めて、熱心に貼り紙の内容を読んでいる者もいる。


『ザクロ亭』は橋の上に建っている。川を渡りたい者が店内を通り抜けても、文句はいわれないらしい。


ようするに、ここは街の住人が集まり、また行き来する場所なのだった。


求人案内を貼りつけおわると、ミアは両手をたたいた。


「さぁ、これで用はすんだわ。早いとこ屋敷にもどりましょう。お掃除は途中だし、洗濯も残っているし……。それに、カゴいっぱいの豆のサヤむきを頼まれてるのよ」

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