これから命あるアスパラガスの話をしよう
古びた望遠鏡
第1話
僕はいつもより元気のない彼らの顔を見て不安に思った。確かにここへ初めてきた時は値段のわりにはどこか頼りなく、幼かったが、最近は太く大きく育っている。彼らは本当に無邪気でかわいいやつらだ。僕が与えた養分を全て受け止め、一心不乱に成長する。僕の彼らに対する愛がより成長させる。そう。僕は彼らを愛している。僕の愛は君たちを変える。ずっとそう思って君たちを手塩に掛けて育ててきた。
しかし、最近、彼らは元気がない。何が原因なのか僕はわからなかった。だから、彼らのために最高級の湧き水も使ったし、彼らにぴったりの土も探して手に入れてきた。害虫駆除だって片時も忘れたことはない。
それでも彼らは以前の笑顔を僕に見せなくなった。彼らの表情はどこか不安で、どこかおびえていた。それから僕は彼らのことをもっと理解するために図書館に向かった。そこで僕は彼らの生態や知識を読み進めた。しかし、そこには今回の原因は記されておらず、朝からいたはずの図書館に日差しは消えていた。僕はようやく決心がついた。そしてその決心を翌朝実行することに決めた。
今日も彼らの顔は曇り空だった。しかし、彼らのからだはいい感じに太く、まっすぐに生えていた。いつ死ぬのかわからない。そんな恐怖は人間だけではなかった。それが今わかった気がする。
彼らにも・・・植物にも・・・アスパラガスにも「死」に対する恐怖があったのだ。自分自身が育つにつれて、いつ刈り取られるのか、いつ調理されてしまうのだろうかと毎日震える。さながら死刑囚である。しかし決定的に違うのは彼らに罪はないことである。
僕は優しく根元を持ち、ハサミで断ち切った。その瞬間、僕の耳には悲鳴ともとれる断末魔のようなものが聞こえた。どちらかというと聞こえたというよりも脳に直接伝わった感じだ。
かれこれ2年近く毎日観てきたものが刈り取られるのは意外と心に響くものがある。あまり気持ちのいいものではない。とはいえこの後鮮度が落ちないようにすぐに調理して自分の胃袋に入ってしまえばこの気持ちも薄れてしまうのだろう。
僕は今回初めて植物を育てた。アスパラは多年草だからまた生えてくるだろう。だから殺したことにはならないという解釈をするものもいるだろうし、そもそも植物には命がないと考える人も多いだろう。
僕もこのアスパラガスを育てる前まではそう思っていた。しかし今は違う。どんな植物にも命があって彼らにも死にたくないという思いはあって、また生えてくるといえど、同じ形をした同じものはもう生えてこないのだ。
今回の出来事からもう植物を食べないとか、育てないとかそういったことはない。とくに大きく自分の生活は変わらないものの、僕の生き物に対する接し方とういか心構えは大きく変わった。どんな動物や植物にも命があり、なにか特別なもののみかわいそうだから食べるなとか、逆に「食べる」という命をいただく行為に敬意を持たず、残したり、粗末に扱うことを許せなくなった。このことはよく考えれば小学校低学年に習うことなのだが、この当たり前のことをいつの間にか慣れてしまった。とりあえず僕はこれからアスパラを調理しようと思う。「愛と感謝」を持って。
これから命あるアスパラガスの話をしよう 古びた望遠鏡 @haikan530
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