第6話 転機
「職場デスマッチ」の決勝戦を一週間後に控え、良太と上杉の準備は佳境に入っていた。二人は毎晩遅くまでオンラインで打ち合わせを重ね、プレゼンテーションの細部を詰めていった。
「良太、このスライドの順番を変えた方がいいと思うんだが」上杉が画面越しに指摘した。
「そうですね、確かにその方が流れがスムーズになりそうです」良太は即座に同意した。
二人の息はすっかり合っていた。互いの長所を活かし、短所を補い合う関係が自然と築かれていた。
ある日の夜、上杉が珍しく個人的な話を持ち出した。
「実は、『職場デスマッチ』に参加する前は、仕事を辞めようと思ってたんだ」
良太は驚いた。「えっ、そうだったんですか?」
「ああ。毎日同じことの繰り返しで、何のやりがいも感じられなくてな。でも、お前と組んでからは変わった。仕事が楽しくなってきたんだ」
良太は胸が熱くなるのを感じた。「私も同じです。上杉さんとの協力が、私の人生を変えてくれました」
二人は笑い合った。「職場デスマッチ」は、彼らに予想外の贈り物をもたらしていた。
決勝戦当日、良太と上杉は万全の準備で臨んだ。彼らの提案は、AIとVR技術を駆使した革新的な就職支援アプリだった。プレゼンテーションは見事に成功し、会場は熱狂に包まれた。
結果発表の時が来た。
「そして、『職場デスマッチ』の優勝チームは...加藤・上杉チームです!」
会場が歓声に包まれる中、良太と上杉は抱き合って喜んだ。
しかし、これは終わりではなく、新たな始まりだった。
優勝後、彼らのもとに多くの企業から接触があった。彼らのアイデアに興味を持ち、実現化を望む声が相次いだのだ。
良太と上杉は、真剣に話し合った。
「これは大きなチャンスだと思います」良太が言った。
上杉も同意した。「ああ、俺たちのアイデアを本当に形にできるかもしれない」
二人は決断した。それぞれの会社を退職し、自分たちのベンチャー企業を立ち上げることに。
起業の道のりは決して平坦ではなかった。資金調達、オフィスの確保、人材の採用...様々な困難が待ち受けていた。しかし、良太と上杉は持ち前の創造力と協調性で、一つ一つ問題を乗り越えていった。
半年後、彼らの会社「NeXt Career」は、革新的な就職支援アプリをリリースした。AIによる適性診断とVRを使った面接練習機能は、若者たちの間で瞬く間に人気を博した。
オフィスで新しい機能について議論する良太と上杉の姿は、かつての彼らからは想像もつかないほど生き生きとしていた。
「良太、このVR機能、もっと細かい表情の変化まで再現できないかな」
「面白いアイデアですね。技術的にはどうでしょう?」
二人は熱心に意見を交わし、アプリの改善に取り組んだ。
ある日、良太は窓際に立ち、街の風景を眺めていた。一年前の自分を思い出す。毎日同じ電車に乗り、同じオフィスに通い、同じような仕事をこなしていた日々。
そして今。自分の情熱を形にし、多くの人々の人生に影響を与える仕事をしている。
良太は深呼吸をした。胸に込み上げてくる充実感と幸福感に、思わず微笑んだ。
「良太、次の会議の準備はいいか?」上杉の声が聞こえた。
「ああ、もちろんです」良太は振り向いて答えた。
二人は笑顔で見つめ合った。「職場デスマッチ」から始まった彼らの挑戦は、まだ続いている。そして、これからもずっと続いていくのだろう。
新たな目標に向かって歩み始める良太と上杉。彼らの物語は、まだ序章に過ぎなかった。
エピローグ
それから5年後。
「NeXt Career」は、就職支援業界の最大手企業の一つへと成長していた。良太と上杉が開発したアプリは、日本中の学生たちの就職活動を支援し、多くの人々のキャリアに新たな可能性をもたらしていた。
良太は今日も早朝からオフィスに来ていた。大きなガラス窓から朝日が差し込み、広々としたオフィスを明るく照らしている。
「おはよう、相変わらず早いな」
後ろから聞こえた声に、良太は振り返った。上杉だった。
「おはようございます。今日は大切なプレゼンがありますからね」
二人は笑顔で挨拶を交わした。以前の良太なら想像もできなかったほど自信に満ちた表情だ。
今日のプレゼンは、彼らの新しいプロジェクトについてのものだった。「NeXt Career」を海外展開する計画だ。
「準備はできてる?」上杉が尋ねた。
「ばっちりです」良太は自信を持って答えた。
会議室に向かう途中、良太は廊下に飾られた「職場デスマッチ」の優勝トロフィーを見つめた。あの日から、彼らの人生はどれほど変わったことか。
会議が始まり、良太はプレゼンテーションを開始した。かつての緊張は今や自信に変わっていた。
「私たちの目標は、世界中の若者たちにキャリアの可能性を提供することです」
良太の力強い言葉に、会議室の参加者たちは熱心に耳を傾けていた。
プレゼンが終わると、大きな拍手が沸き起こった。海外展開の計画は全会一致で承認された。
会議後、良太と上杉は屋上のテラスに出た。東京の街並みが一望できる。
「よくここまで来たな」上杉が感慨深げに言った。
「ええ。全て『職場デスマッチ』から始まったんですよね」良太も懐かしそうに答えた。
二人は黙ってしばらく景色を眺めていた。そして、ふと目が合うと、笑顔を交わした。
「さあ、次は世界だ」上杉が言った。
「はい、一緒に頑張りましょう」良太も力強く応じた。
彼らの挑戦は、まだまだ続いていく。そして、その挑戦が多くの人々に希望と勇気を与え続けることだろう。
良太は空を見上げた。青空には無限の可能性が広がっているように見えた。彼の心は、これからの未来への期待で満ちていた。
「職場デスマッチ」から始まった彼らの物語は、ここで終わりではない。新たな章が、今まさに始まろうとしていた。日常の向こう側へ。
日常の向こう側 かなかの @kanakano1001
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