1─15


 ぐしゃり。


 と、紙風船の上から拳を打ち付けたようにデビキンが頭から潰れたのは、魔王が前のめりに倒れたすぐの事だった。


 魔王が見上げると、そこにはマイちゃんの姿があり、その足下にはぺったんこになったデビキンが今まさに消滅をして、その後ろから時の魔法使いミヨクがやってきた。


「違うの」


 マイちゃんはまずそう言った。


「──違うの、違うの。オラは凶暴じゃないんだよ! 今のは時間が止まってたから出来た芸当なの。本当だよ。ほら時間が止まってると、みんな脆弱になっちゃってるから、踏んづけると潰れちゃうんだよ。オラは特に魔力の塊みたいなものだから、簡単にぺちゃんと。だからオラが凶暴なわけじゃないんだよ! ミョクちゃんの魔法のせいなの。オラをあの大きなモンスターの頭上まで放り投げたミョクちゃんのせいなの!」


「……でも、俺はマイちゃんを放る前にはちゃんと許可とったよ」


 ミヨクがそう言った。


「ミョクちゃん。それはいいの。いいの。魔王を助けてあげるのはいい事だからいいの。ただ、オラは凶暴とは思われなくないだけなの」


「そっか。そうだよね。マイちゃんは可愛いものね」


「や、やめてよミョクちゃん。可愛いだなんて。もっかい、もっかい言って!」


「うん。マイちゃんは可愛いよ」


「キャー! キャー!」


 一転して賑やかな1人とぬいぐるみがやって来た事に魔王は少々困惑していた。


 ──それでもなんとか上半身を起こして地べたに座ると魔王は髪を掻き上げてからこう言った。


「久しいな時の魔法使いミヨク。マイちゃんも」


「うん。魔王レグトナル。半年ぶりかな?」


「そうだな、年に2回くらいは会ってるからそのくらい振りだな。それよりマイちゃん、いつものヤツを出してあげるよ」


 そう言って魔王は魔法を唱えて魔法書からモンスターを出現させた。それは魔力が極小となった今でも使える魔法で、子猫型の可愛らしいモンスターで、その特技は撫でられると物凄く喜ぶ事というマイちゃんの大のお気に入りだった。


「キャー! 可愛い! 何回見ても可愛い。キャー!! 早く、早く抱かせて! 撫でたい、撫でたい、キャー!!」


 そう言ってマイちゃんはとてもご満悦になった。


「ところでミヨク、偶然か? ここに来たのは? それとも俺が作成魔法で危険なモンスターを作ったから咎めに来たのか?」


「いや、ただの偶然。そこまでは把握してないよ。ただ、危なかったね。今のモンスターはこの大陸を滅ぼしてしまう程に強力だったよ。今のって魔法書に載る?」


「いや、俺が倒したわけじゃないから載らないな。だから安心してくれ、もう呼べないから。次からは気をつけるよ」


「そう。なら良かった。実はここに来たのは偶然なんだけど、お詫びしなきゃいけない事があってね」


「詫び? 時の魔法使いが俺に?」


「そう。実はさっきまで勇者一行と会っていて、その時に勇者に自分たちの実力がどれくらいかを聞かれて、ついうっかり(ゼンちゃんが)と魔王はその100倍くらいは強いって本当の事を言ってしまったんだ。だから、ごめん。中立でありながら情報を与えしまった事を謝るよ」


 ミヨクの依怙贔屓はしないが故の謝罪。けれど未来を変えてしまった事については述べなかった。それは端的に必要がないと判断したからであった。何故ならそれは彼の権限であったから。時の魔法使いとしての。未だに神に咎められる事なく存在している彼の世界に許されている権限であったから。私見で他者の過去や未来を変える事は。


 ──ただ、その威力の恐ろしさは充分に理解しているから滅多には使用しないのだが。今回の場合はあくまでも空間の魔法使いファファルというイレギュラーが存在していたから使用したに過ぎなかった。勇者たちには、嫌い。の一言で済ませていたが、それだけファファルの今回の行動は目に余るほどの愚行であったから。故にミヨクは均衡を保つように自分が関与する事でユナの死を無としたのであった。禁忌ともいえる自爆魔法を否定する為に。それに、それも踏まえた上で今の未来の方が勇者と魔王には良い状態だとミヨクは判断もしていた。


 何故なら、


「なんだ、そんな事か。だったら大した事じゃない。ミヨクも知っているだろ? 俺の目的が勇者に倒される事だって。寧ろ好都合だ。それに実は3ヶ月くらい前に初めて直接戦っていてな、その時に実力の差がありすぎるのを感じて……どう殺さないかを考えるのも大変だったんだ。冗談みたいな殺された方をしそうになったが、それは流石に嫌だったしな。だからミヨクの助言で勇者たちが成長してくれのは俺にとっても喜ばしい事だ」


 と、魔王にとっても勇者たちの全員が無事である今の未来の方が望ましかったのだから。


「けど、あと5年以上はかかるんじゃないかな、勇者たちが魔王と戦えるようになるまで。魔王、お前強くなり過ぎだ」


「それは仕方ないさ。俺だって生きているんだから、強くもなるさ。手加減して負けてやるのはそれこそ違うだろ。なあに今の勇者たちがどうしても俺を倒せなかったら次の世代に託すさ。俺も94歳だから、なるべく今の勇者に倒してもらいたいんだけどな。魔力のおかげで自分の寿命がイマイチ分からないが……150歳までは生きていないような気がするしな。寿命で死ぬと本来の目的とは変わってしまうからな……なあ、ミヨク、お前は他人の寿命も分かるのか?」


「ううん、分からない。それこそ魔力を持ってる人間の事は尚更分からない。ただ、俺と──……ファファル以外で1000年以上生きる人間はいないんじゃないかなとは思ってる。何らかの意図で保存とか封印されてるのは別として。いや、俺はもう1100年くらい経っているんだったかな? 俺、幾つだったかな? 今の姿は23歳だけど……もう何回くらい時間を巻き戻したんだったかな?」


 おさらいなのだが──ミヨクは死なない。正確な事は実は本人も未だによく分かっていないのだが、仮に誰かに殺されたり、100年くらいの寿命を全うしても、その瞬間に自身の時間が巻き戻り、15歳から18歳くらいの姿(現在は15歳と定めた)から再スタートするのだった。何故に15歳なのかは、恐らく1人で生きるのに支障がないのがそのくらいの年齢だからだろうと本人は推測していた。


 時の魔法使いミヨクは不死。


「──いや、そう思い込んでるだけで本当は死ぬのかも知れないんだけどね。死ぬ寸前に時間が巻き戻るみたいな……まあ、そうだとしても死ぬ寸前には時間が巻き戻るから、結局は死なないんだけど。もう1000年以上は生きているわけだし──って話が飛んだね。でも魔王、お前は長生きするかもよ。お前の魔力ってかなり強い方だから。94歳なのに若々しい肉体だし。300年くらいは生きるんじゃないか?」


 確かに魔王は30代の男性モデルのようにスタイルがよく、顔も皺のないつるつる肌のイケメンだった。髪も長髪にできるくらいにフサフサだったし。


「これも魔力の賜物なんだろうな」


「それは人それぞれかな。俺は普通に年老いてから巻き戻るから、ずっと若い姿のままじゃないし」


「老いると大変か?」


「うん。歳をとると信じられないくらい身体のあちこちが痛くなるね。55歳くらいまでは健康なんだけどね」


「そういうものか。俺は風邪さえ引いた事がないからな」


「肉体が若いとそういうものなんだろうね。それよりも魔王、相談があるんだけど……実は俺、あと2時間くらい時を止める魔法が使えないんだ。だからその間、お前の立派な城で休ませてもらおうと思っていたんだけど……」


「……ああ、ついさっき崩壊したな」


 デビキンとの壮絶な死闘の果てに。


 ザザー、ザザー、と波の音が2人を包んだ。


「作成魔法でモンスターを出現させて城を作るのは簡単なんだが、今は魔力が枯渇していてな……最短でも3日はかかるかな」


「……仕方がない。俺の時の魔法を使って城の時間を戻すか」


「いいのか?」


「……うん。別に誰かの依怙贔屓にならければ問題ないよ。城だけの時間を戻すだけだし。それに何より俺は基本的に徒歩で行動しているから、疲れているから寝たいんだ」


 ミヨクはそう言った。


 魔王は思った。割と自分勝手な魔法使いなんだな……と。

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