1─12


 3ヶ月と数日後(第一章1─8の続き)──


 時の魔法使いミヨクが自宅で、「……もう一眠りしようか」と、地下の寝室に戻ろうとしたその時──建物を覆うセキュリティ魔法が侵入者を感知し、それが即座にミヨクの脳に伝わってきた。


「やれやれ、今日は随分と客が多いね」


 そう言いながら振り返るミヨク。そこにはつい先程まで見ていた顔が4+1で並んでいた。


 勇者一行。しかもユナを含んだ全員。それを見てミヨクは少しだけ嬉しそうに笑った。


「ん? 何か?」


「いや、何でもない。それより、何か用?」


「あなたが時の魔法使いですか?」


 勇者がそう尋ねた。前回のやさぐれていた時とは違い、初対面らしい丁寧口調で礼儀正しく。だからミヨクも「……うむ、いかにも」と何故か偉そうに答えた。


「偉大なる魔法使いよ、俺たちに修行をつけてくれ! 頼む」


 偉大なる魔法使い、と、頼む。その台詞とその態度にミヨクは思わず顔が綻んだ。帰郷した我が子の成長をしみじみと喜ぶように。


 しかも勇者たちのその成長は姿勢だけではなく心身共にであり、その強さも大幅にレベルアップしていた。


 まず分かりやすいのが同職のミナポとユナであり、彼女らは魔道士から大魔道士に昇格していて、魔力も格段に強くなっていた。戦士はムスス国で聖騎士の称号を得たようで兜と盾には紋様が刻まれていた。勇者に見た目の変化はなかったのだが、内に秘めているポテンシャルは相変わらず強大であった。ペルシャは皆が成長しているにも関わらず全く強くなっておらず、それはそれで鋼の精神という点で凄い事だと感心した。


 なににせよ、前回の時よりも大幅にパワーアップを遂げている勇者一行に、ミヨクは「うん、うん」と頷きながら優しい口調でこう答えてあげた。


「──ヤダ」


 と。


「そうか、ありがとう。時の魔法使……えっ、ん? やだ? ヤダって言ったのか今?」


「うん。ヤダって言った」


「う、嘘だろ? 俺たちは勇者だぞ。魔王を倒すために旅をしている勇者だぞ。世界の救世主だぞ」


「……先ず、世界じゃない」


 ミヨクはそう言った。


 そして前回にも述べた(時間としては数時間前)説教をまたしてやった。


 ──30分後、


「──って事で、小規模な争いに俺が手を貸す事はないよ」


「……な、なるほど……わ、分かった。この世界の事が理解できたし、時の魔法使いの言い分も納得した」


 勇者は相変わらずの相互尊重の気持ちでそう答えた。ミヨクとしてもう少し食い下がってくるからと予想していたので拍子抜けさせられたが、食い下がってこられても答えは覆せないので、それならばこれが無難なやりとりだと納得する事にした。もう少しだけ言葉のキャッチボールをして遊びたかったのだけど、と邪に思いながらも。


「──ただ、一つだけ聞きたいのだが。いいか?」


 勇者はそう言った。


「──時の魔法使いは俺たちがどれくらい強いと考える? 魔王を相手にどれだけ戦えると思う? 忌憚のない意見を教えてくれないか?」


「全然、無理だな」


 そう言ったのはミヨクではなく、ゼンちゃんであった。それまで勇者一行はそれを人の形をしたぬいぐるみだと思っていたので非常に驚いた。


「──分かりやすく言うとな、お前ら2人は大魔道士だろ?」


 そういってミナポとユナを指差す。


「──だったら魔道士と大魔道士の力の差はよく分かっているだろ? 子供と大人くらいの差があるよな。魔王はな、大魔道士の上の更にその上のまだまだ上の階級なんだ。お前たちが5人居ようとも、その100倍くらいは強いぞ」


 それは真実であった。だからミヨクは即答できずに、その隙にゼンちゃんに語られてしまったのだから。


 魔王はまだまだ強い。


「……そうか、まだ歯が立たないか……死に物狂いで修行したんだがな……そうか」


 打ち沈む勇者一行。けれど彼らはすぐに顔を上げると、「なあに、まだまだ強くなればいいだけだ。寧ろ教えてくれて有難うなぬいぐるみ。それを知れただけでもここに来た甲斐があったよ」と闘志を滾らせた。


「ゼンちゃん。オイラの名前はゼンちゃんだ」


 ゼンちゃんはそう言った。ちなみにゼンちゃんは、ちゃんという敬称を嫌っている筈なのだが、これは生命を与えられた瞬間にミヨクに名付けられたものであり、故にゼンちゃんは敬称までを含めてが自分の名前だと勘違いしていた。


「……そう言えば、自己紹介がまだだったね?」


 ミヨクは不意にそう言った。普段は自己紹介がどうなどは言わない性格なのだが、前回の勇者との最後の会話で──生きてまた会う事があったら名前で呼ばせてやる──と言ったあの約束を思い出したから半ば強引に切り出したのであった。


「ミヨク。それが俺の名前。勇者よ、お前の名前は?」


「ミヨクか。俺の名前は、ユウシアだ」


「……ん? 勇者?」


「いや、勇者ユウシアだ」


「……言い辛いんだね……」


「……ああ。だから仲間も俺の事は勇者って職業で呼ぶ事が多いんだ」


「なるほど……」


「ああ」


「ところでユウシアよ……勇者よ……いや、ユウシアよ──」


「勇者でいいよ」


「それは駄目だよ。約束があるから」


「約束?」


「いや、何でもない。それよりも勇者ユウシアよ、せっかくここまで来たんだ。今日はここで旅の休息をするがいい。食事と寝床を用意してやる」


 それもまたミヨクが滅多に口にする言葉ではなかった。


「──その代わりと言ってはなんなんだけど、お前たちの旅の話を聞かせてくれ。特に魔王と戦った時の話をな」


「それは構わないが、時の魔法使い……いや、ミヨクよ、俺は魔王と戦ったって話をしたか? 話した記憶がないんだが……」


「……俺は時の魔法使いだから何でも知っているぞ」


「そうか……そうだよな。時の魔法使いだもんな」


「ああ、そうだ。ユウシア」


「そうだよな、ミヨク」


 2人はそう言って笑った。


 ……ただ、この一連の様子をマイちゃんだけは面白くなさそうに眺めていた。本当は勇者たちの姿を見て誰よりもはしゃぎたかったのだが、背中をぎゅうっと抓ってくるゼンちゃんの意地悪と圧力に押さえつけられ、言葉さえ発する事を許してもらえずにぬいぐるみに徹する事を強制されていたから、それはそれは悔しそうにしていた。


 ──けれど、これは実はただの意地悪ではなかった。敢えての制限だったのだ。マイちゃんは野放しにしていると言ってしまいそうだったから。勇者たちとの再会を喜んで、喜びすぎて、これが再会であると、ついうっかりと。それは今の記憶しかもたない勇者たちにとっては混乱でしかなく、ゼンちゃんはそれを未然に防いでいたのだった。もちろんミヨクの指示のもとに。


 ──ただ、マイちゃんもそれには薄々と気づいていた。確かにオラはついうっかり言ってしまうな……と。だからゼンちゃんの圧力を戒めとして受け入れていた。途中からポロポロと涙を溢れさせ、それに気づいた勇者一行に「うわっ、こわっ、なにこのぬいぐるみ?」と余計に傷つけられて更に涙が溢れても。

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