1─11

 

 夕暮れ時。


 魔王城を背に勇者一行は海を眺めていた。


 勇者とユナは3人から少し離れた位置に座っており、波の音が1つ2つと鳴った後で、ユナが口を開いた。


「私、パーティを抜けるわ」


「えっ?」


「えっ、じゃないわよ。さっきあんな事があって、これ以上一緒に居られる訳がないでしょ。だから私、パーティを抜けるわ。あれは本音だし。純度100%の本心だし。私もう嫌なのよ、あなた達と旅を続けるのが」


 2人きりになった時から予測が出来ていたのだが、その発言は勇者にとって今日の出来事のなによりもショックだった。何故なら彼はユナの事が好きだったのだから。幼い頃からずっと……さっきは魔王城で恐ろしい姿を見せられたけど、それでも心変わりは僅かにしかしなかった程に現在進行形で好きだったのだから。


「ワ、ワンチャンないかな? さっきのユナの本心に対して悪いのは俺たちの方だし……反省もするからさ……だからワンチャンないかな? 10年も一緒に旅をしてきたんだ。10年で育んだ絆に温情があってもいいんじゃないかな?」


「無いわよ、そんなのとっくに。温情? 絆? 私はね、10年の内の8年くらいはずっとストレスだったのよ。知らなかったでしょ? 私いつもニコニコしていたから。苦痛で仕方がなかったのよ。でもそれでも待っていてあげたの。いつかあなた達が私に感謝の気持ちを言葉だけではなく態度でも示してくるのを。でも、あなた達はずっと私の事を家政婦のように扱い続けた。感謝の言葉さえもほとんどなかった。もう、うんざりよ。同年代のあなたちを母のように世話をするのは。ねえ、逆にお願いするわ。もう私をあなた達のおもりから解放して」


「お、おもりって……」


「なによ? おもりでしょ? しかも赤ちゃんほどに無邪気でも可愛くもない、成人の」


「で、でも──」


「もう、でもって言わないで。私はもう決めたんだから。覆らないわ、決して。そもそも私は気紛れに旅を共にしていただけだしね。あなたが村で岩に突き刺さっていた勇者の剣を引き抜いて、それで勇者になって、それであなたが1人で旅をするのが嫌だからって私を誘って、私もまだ13歳だったからその場のノリで──だから、正直、最初から旅に出る理由もないのよ。魔王なんて私にはどうでもいいのよ。そもそも」


 そう言ってユナが立ち上がる。


「──そんな感じだから、ここでサヨナラよ。私は別ルートで帰るから」


 そう言って去っていくその背中は、一歩二歩と遠くなっていけば行く程にもう2度と会えなくなるのだと勇者は悟っていた。


 だから、彼は言った。


「す、好きなんだよ! 俺、ユナが好きなんだよ!」


 と、夕日にも届くほどに大きな声で。


 ユナは──


 ──ユナは……


「えっ?」


 と振り返った。その頬を夕日のように染めながら。


 2人の間に静寂が訪れた。ザザーッ……。ザザーッ……と波の音が久しぶりに聴こえた。カモメが空に飛んでいった。


「……えっ? 嘘? えっ、そ、そうなの?」


「うん……しかも、子供の頃からずっと……変わらず……」


「えっ? あなたがよくイジメられていて、私がよく助けてあげていたあの頃から? えっ、嘘?」


「嘘じゃないよ……だから一緒に魔王を倒す旅に誘ったんだから。ユナと離れるのが嫌だったから。い、一緒に……ずっと一緒に居たかったから」


「えっ? ずっと一緒に? えっ? えっ?」


「好きなんだよ。ずっと、今も」


 勇者がまたそう言い、その真っ直ぐな瞳を見て、ユナは慌てて顔を背けた。


 人生23年、それはユナにとって初めての愛の告白であった。


 ──もう8年も同年代たちに母親のように扱われてきた彼女の、それは女としての未知の体験だった。


 途端、心臓がきゅんっと高鳴った。締め付けられるようにきゅんきゅんと苦しくなった。身体中の血液が凄く活性化していくのが分かった。何よりも顔のにやけが止まらなかった。


 愛の告白。


 ユナの身体中の細胞がどうしようもないくらいに騒ぎまくる。


「──だから、考え直してくれユナ! 俺はお前と旅がしたいんだ! 正直、お前がいないと魔王を倒す旅なんてしたくもないんだ。どうでもいいんだ! 好きなんだお前がっ!」


「……お、お前って言うな……な、馴れ馴れしい……」


 今のユナにとってそれが精一杯の反論だった。


「好きなんだよ!」


 もう勇者は感情が止められなくなっていた。


「──好きなんだよ! だからずっと傍に居てくれよ!」


 ユナは心が苦しくて痛くて顔がニヤケて、もう頭の中が狂ってしまいそうだった。


 ──だから、だから、ユナはそこから自分を救うように、解放するように、勇者に対してこう答えるのだった。


「……はい」


 と。


 2人の間にまた静寂が訪れた。ザザーッ……。ザザーッ……と波の音が聴こえ、カモメがもう一羽空に飛んでいった。


「えっ? はい……? それって、オッケーって事?」


「……まあ」


「えっ、嘘? まじで? や、やったあぁあ! えっ、でもほんとに? ドッキリじゃなくて?」


「し、しつこいな……ほ、本当よ」


「や、やったああぁぁあああ!!」


 嬉しさを爆発させる勇者を見て、ユナもとっても嬉しい気分になった。


 そこにミナポたちがやってきた。


「なに、盛り上がってるのよ? 大きな声で告白とかしちゃってさ?」


 胸の前で腕を組み、ミナポが冷ややかな視線を勇者とユナに向ける。


「──なんなのアンタたち? 何が? 何なの一体? いや、マジで! ハア? 私は許さないわよ、ユナのさっきの態度を。パーティから抜けなさいよ。そうじゃなきゃ土下座しなさいよ!」


「土下座……?」


 ユナはピクリと片眉を吊り上げた。そして土下座を──いや、砂浜から砂粒を掴み取ると、それをミナポの顔面に投げつけた。


「土下座ってなこんな感じだったかしら?」


「ブハッ! ペッ、ベッ……ってそんな訳ないでしょうが! この性悪女!」


「なによ、ブス! ブース! ブーース!!」


「それはそっちでしょ! 超ブス! 超ブース! 超ブーース!!」


 2人がまた取っ組みの喧嘩を始め、勇者たち男性陣はまたおろおろするしかなかった。


 しかし、その喧嘩はすぐに収まった。掴み合った瞬間にユナとミナポがプッと吹き出し、大きな声で笑い出したから。


「いいんじゃないユナ、それで。言わなきゃ分かんない事だってあるんだから。いや、言わなきゃ分かんない事ばっかりなんだから。人は人の善意に対して調子に乗りやすいんだから。だからごめんね、ユナ。今まで頼りにしすぎてたわ。これからは自分の事は自分でするわ。だからパーティから抜けないで。お願いします」


 ミナポはそう言って深々と頭を下げた。


「……私の方こそ言い過ぎたし、キレすぎた。ごめん。パーティは抜けないので、これからもよろしくお願いします」


 ユナはそういって涙を溢れさせながら笑った。


「……ああ、今日の夕日は過去イチ眩しいな」


 ペルシャはそう言って少しだけ瞳を赤くしていた。


 勇者一行──その団結力はこの日を境に高まった。ただ、歴史には魔王の攻略に失敗したが故に、と記されるのだが。

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