1─7


 ユナは物凄く溜まっていた。旅を共にする仲間達への不平不満が。一緒に過ごす時間が長くなれば長くなるほど見えてくる耐え難い嫌な部分が。更にそれを我慢し続けなければならない苦痛と心労が。


「あーー、ほんっと面倒くさい! なんなのアイツら! とくに男連中! 汚いし、不潔だし、好き勝手に散らかすし、服は脱ぎっぱなしだし、洗濯は女の仕事だと思ってるし、歩くの早いし、自分たちは戦いが専門だからって武器と防具しか持たないし、食料だって数日分ともなればかなり重いんだってーの。ってかアイツら私の事をチョー軽く見てんのよね。怒らないし、気が利くし、掃除好きだしで、違うっつーの! もともとの性格よ。もともとの。争い事が嫌いなの。几帳面なの。部屋が散らかってたりすると苛々するの。私は私の為にやってるの! 優しさじゃないの、性格なの。そういう性分なの! なのにアイツらときたら、戦士は風呂嫌いで平気で一週間は風呂に入らないし、魔道士は魔道士で収入を得たらすぐに自分の服とか買うし。それは皆の金だってーの! 旅をして10年目でようやく就職した奴もいるのよ。信じられる? そいつ最近まで遊び人だったのよ! 本人は転職とか格好いい事を言ってるけど、遊び人って無職よね? だったらそれは就職だっての。ってか勇者パーティに遊び人ってなんなの? 実は凄い才能を秘めていて飛び級で大魔道士になりましたとかなら分かるんだけどさ、アイツ完全な魔道士初心者なのよ。信じられる? 旅に出て10年でやっとスタートラインに立ったのよ。ほんっと信じられないわよ! やってられないわよ! マジで」


 ユナの口から凄まじい勢いで愚痴が飛んでいき、勇者は「えっ、そうなの……? ユナってこんなに凄い勢いで喋る人だったの? えっ、こういう事を考えていたの……いや、全て正論だけど……えっ、ユナって優しい聖母のように慈愛に満ちた人なんじゃないのか……? えっ……」と酷く狼狽ていた。


 しかも、


「──まあ、結局は勇者が一番悪いんだけどね。アイツって魔王さえ倒しちゃえば全てがオッケーと思ってる節があるから、他の事には無関心なのよ。仲間を魔王を倒すためだけの道具としか考えてないのよ。だから仲間たちとの絆なんて本当の意味では結ばれてないのよ。だってアイツきっと知らないから、本当の私の事を。きっと聖母とか思っているんだろうけど、それ褒め言葉になってねーから! なによ聖母って? 慈愛って? 私はお前の母親か! そんなのはどうでもいいから自分の事は自分でやれ!」


 と、勇者に対する不満への声量が一番大きかった。「しかも、アイツって……」と打ち沈む勇者からは生気が半分くらい抜けていた。


 仮面の女ファファルはいい奴だった。初対面なのにも関わらず絶えずユナに寄り添い、「分かる、分かるわ。本当そうよね。あなたが正しいわ」と肯定的に親身に話を聞いていた。けれどそれでもその仮面があまりにも無表情で黒くて不気味だった為、ミヨクはとてもシュールな様子だと思って眺めていた。仮面を外せばもっと好印象なのに、と。


「あー、死にてー!」


 ユナは心の底から声を絞り出すようにそう言った。


「──マジ、もうアイツらと旅すんのめんどくせーわ! 性格の合わない奴らとの共同生活はもう無理だわーマジで!」


 その時だった。ファファルが告げたのは。


「いい方法があるわよ」


 と。


「──空間魔法を教えてあげる」


 と。


「空間魔法? なんですかそれ? 私も魔法使いですけど聞いた事がないです」


「空間魔法は吾にしか使えないから知らなくても無理もないわ。簡単に説明をすれば瞬間移動ね。瞬時に自分の肉体と、あとはオマケとしてあなたの念じる全ての肉体をあなたの思う場所に移動させる事ができるようにしてあげる」


「瞬間移動? す、凄いですね。でも、あなたにしか使えないなら──」


「吾が許可をすればあなたにも使えるようになるから心配はいらないわ」


「そうなんですか。それで、それのどこがいい方法なんですか? ちょっと意味がよく分からないです」


「空間魔法を使うには物凄く莫大な魔力が必要なの。残念ながらあなたの魔力じゃ足りなくて、使った瞬間に命が大幅に削られてしまうの」


「……えっ、命? おっ、大幅に? それって……し、死んじゃうって事ですか?」


「そうなるわね。でもそれが望みなんでしょ? だってあなたさっき言っていたでしょ? あー、死にてーって。だから──」


「あっ、いや、ちょ、ちょっと待ってください。言ったんですけど、あー死にてーって言ったんですけど、そ、それは今すぐにって訳じゃなくってですね……なんというか、勢いって言いましょうか……あの、その……」


「あら、死ぬのはいつだって構わないのよ。空間魔法を使えばすぐに死ぬってだけだから。使わなければ死なないわよ。だからリスクはないのよ。自分の好きなタイミングでいつでも絶命できるようになるだけなのよ」


「えっ、ああ……そうなんですか……使ったら死んで、使わなきゃ死なないんですね……それなら確かにリスクないですよね。使わなきゃ死なないんだし……だ、だったら教えて貰お──」


 そこで2人の声が急に止まった。勇者が思わず店内を見渡すと、全ての人間の動きも、時計の秒針も、全てが静止していた。


「もう充分だからね。これが経緯って事だから。話の成り行きで彼女はなんとなく伝授されたんだね、ファファルから空間魔法を。それでどうする?」


 ミヨクは勇者にそう尋ね、すぐに何かを思い出したように「あっ、その前に──」と言い、時の魔法を解除して記憶の中から現実へと戻った。


 そして、


「──で、どうする? 俺は彼女から空間魔法を取り除く事ができるけど、どうする?」


 と改めてそう言った。

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