1─8

 

 その光景は異様だった。


 ミヨクが勇者の手を掴んで、


「──キゾ・ノ・ツミヒ《記憶巡り》」


 と唱え、「えっ、あ、ミョクちゃん、オラは? オラは連れてってくれないの?」とマイちゃんが必死に訴え、それに対してミヨクが「今回はごめんね」といった次の瞬間、


「──で、どうする? 俺は彼女から空間魔法を取り除く事ができるけど、どうする?」


 とミヨクが言い、勇者が疲れ果てたようにその場に崩れ落ちたのだから。


 勇者以外の仲間たちは言葉の繋がりと状況が分からずに困惑をした。


「な、なんで倒れたんだ?」


「時の魔法使いが勇者の手を掴んだ瞬間に……えっ、なに? なにこれ? 何かしたの?」


 皆の心配を聞きながら、勇者はよろよろと立ち上がると、一呼吸の後でこう声を発した。


「時間が経ってないのか……現実では? お、俺は今まで時の魔法使いと俺の記憶の中にいたんだ。それでユナが空間魔法を与えてもらう経緯を見てきた。倒れたのはちょっとショックな事があって……」


 好きな相手からのまさかの不平不満。


「ぶー。オラも連れていってって言ったのにミョクちゃんの意地悪! ぶー」


 マイちゃんがそう言いながらミヨクに駆けていき、ゼンちゃんも後を追ってきた。


「ミヨク、やっぱりファファルだったか?」


「うん、ファファルだったね。だから今回は気兼ねなく勇者に依怙贔屓するよ」


 依怙贔屓──勇者は精神的に疲れていたがその言葉には引っかかった。


「……時の魔法使い、そういえば何でお前は俺たちの願いを急に叶えてくれる気になったんだ? あんなに依怙贔屓は出来ないって言ってたのに?」


「ファファルが嫌いだからだよ」


 即答だった。


「──ファファルと俺は……簡単に説明すると、殺し合いの関係なんだ。だからアイツの邪魔になる事は寧ろ率先してやりたいんだ」


 凄く私利私欲の為だった。


「──で、どうする? 彼女から空間魔法を取り除く?」


「なんでそう聞くんだ? 俺がユナからショックを与えられたから、気が変わったんじゃないかって気を使っているのか?」


「違う。お前たちの過去と未来が変わるからだよ」


 過去と未来。その言葉に勇者一行は魔王との戦いを思い出していた。1人だけで犠牲になったユナの事を。それを過去とするならば、つまりそれは今が変わるという事。


「──同じ年の同じ月の同じ日の同じ時間にお前たちが魔王と戦う事は変わらない。そこは絶対に覆えらない。そして劣勢である事も。もちろん今現在の記憶も持ってはいけない」


 ミヨクはそう言った。


「──ただ一つ変わるのは、逃げる事ができなくなること。彼女から空間魔法を取り除くんだから」


 それはすなわち勇者一行が魔王によって全滅させられそうになった、その後を意味している。


「……そうか……」


「そう。だから俺は聞いているんだ。どうするか? って」


 スーパーエスケープが使えない状態で過去に戻って魔王と戦うとかなりの高確率で全滅する。という事はそこから先の未来は──無という事になる。


 だからミヨクはまた質問した。


「どうする?」


 と。


 勇者一行は顔を見合わせて話し合いを始めた。


「魔王に全滅させられるかな……?」


「死ぬな。間違いなく」


「ええ。圧倒的に強かったわよね」


「しかも、まだ本気じゃないっぽかったしな……」


「全滅ね。ユナのスーパーエスケープがないと」


「だな」


「そうね」


「ふっ」


「どうする?」


「どうしよう?」


「でも、私たちはこの為に時の魔法使いに会いにきたのよね」


「そうだな。ただ、死ぬと分かっている過去に戻るのは正直……怖いよな」


「じゃあ、どうする?」


「決まっているだろ」


 勇者はそう言った。


 そして、


「時の魔法使い! 俺たちの願いは変わらない。ユナからスーパーエスケープを取り除いてくれ!!」


 それはもちろん仲間たちの答えでもあった。


「ユナも居て、俺たちはパーティだからな。是非もないさ。ふっ」


 何故か最後はペルシャが締めた。


「うん。分かったよ」


 ミヨクはそう答えた。


「──じゃあ、また手を出して。またお前の記憶の中に入って、それから彼女がファファルと会っていた時の時間の一部分を消してくるから」


「ああ、よろしく頼む。時の魔法使い」


「ん……そう言えば自己紹介していなかったな。俺はミヨク。次に会ったらそう呼んでくれてもいいよ。気に入った奴にはそうしているんだ。まあ、お前の記憶は残ってないし、魔王に殺されるかもだから無理なんだけどね」


 そう言ってミヨクは笑った。


「気に入ってくれてたのか?」


「けっこう長いこと会話をしていたから、情が湧いた感じかな」


「そうか、情でも嬉しいよ。その時は俺の事も名前で呼べよ。必ずまた来るから」


 勇者も笑った。


「キゾ・ノ・ツミヒ《記憶巡り》」


 ミヨクが勇者から差し出されたその手を掴んで魔法を唱えると──刹那、この建物の中から勇者一行の姿が消えた。まるで最初から存在していなかったのように瞬時にして。


 静かになった室内でゼンちゃんが言った。


「アイツらの過去が変わったから、未来も当然に変わるってワケだ。空間魔法を使えない状態での魔王との戦いで、アイツら死んじまったかな? なあ、ミヨク?」


「どうだろうね、ゼンちゃん。一応は約束もしたから、今度は5人全員で来てくれると少しだけ嬉しいかも」


「少しって、本当は結構だろう、ミヨク」


「でも、でもでも、それだったら、結構嬉しいんだったら今現在の記憶を残したまま過去に戻してあげたら良かったじゃない? そうしたら勇者たちは死なずに済むかも知れないのに。魔王と戦わないのかも知れないのに。ミョクちゃんならそんな事も出来るんでしょ? どうしてそんな意地悪するの?」


「マイちゃん。意地悪じゃないよ。何度も言っているけど俺は依怙贔屓をしないの。勇者に肩入れをしたら魔王が可哀想でしょ? 俺がしたいのはあくまでもファファルの邪魔だけだから。それ以上の事はしないよ。それはフェアじゃないからね」


「ミヨクはファファルが大嫌いだからな」


「ゼンちゃん。大がもう一個足りないよ。アイツとは殺し合いの関係だから嫌いなんてもんじゃないよ。もう、何度アイツに殺された事か……ああ、思い出しただけでも腹が立つ。だからもう寝るよ。こんな時は寝るのが一番だからね。嫌な事は寝て忘れよう。ようやく静かになった事だし、さあ、もう一眠りしよう」


 と、ミヨクが地下の寝室に戻ろうとしたその時──この建物を覆うセキュリティ魔法が侵入者を感知し、それが即座にミヨクの脳に伝わってきた。


「……やれやれ、今日は随分と客が多いね」


 そう言いながら振り返るミヨク。そこには5人組の男女が立っていた──

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