1─6
──4ヶ月前の19時。
談笑をしながら食事処へと入ってきた勇者一行。店内をぐるりと見回して、その前に席を確保しに訪れていたユナを発見してミナポが手を振ろうとしたが、ユナが誰かと親しげに会話をしていたので思わず口ごもった。
──という光景を勇者とミヨクは見下ろしていた。
「な、なんだこれ?」
「お前の記憶の中。あそこにいるのが4ヶ月前のお前たちパーティで、俺とお前はそれを俯瞰で見下ろしている」
「時の魔法か?」
「そう。時の魔法」
「……でも、なんで俺が俺を見下ろす事ができるんだ? 俺の記憶なら俺の目線はあっちになきゃいけないんじゃないのか? なんで上空から見下ろせるんだ?」
「……そういうのも引っくるめて魔法なんだ……。細かい事を言うなよ。魔法の時点で人智を超えているんだから。お前の記憶の中を俺と一緒に見てる時点で異常なんだから。魔法に細かい事を言うなよ。そういうものなんだ、で納得しておいてよ。魔法なんだから」
「そ、そう言われたらそうだよな……。ミナポだって何もない所から風を出すし、ユナは触れただけで傷を治したりするしな……。ま、魔法だもんな」
「そう。不自然なのが魔法。それより、もう少し時間を戻そうか」
ミヨクはそう言うと、店内の全ての景色が逆行していく。客たちの話し声が何を言ってるのか分からない雑音となり、勇者パーティが不自然に後ろ向きで外に出ていき、店内ではウェイトレスが後ろ向きに歩き、客の口からは食べ物が出てきて、時計の針が逆に進んで、テーブルを挟んでユナと談笑していた人物が立ち上がった所で、ミヨクは「ここだ」と言って一連の巻き戻しを終了させた。
そして、再生。
「……い、いや、その前に……お、俺が外に出ていったけど、いいのか? 俺の記憶だよな、これ?」
「問題ないよ。だって現にこうして俺もお前も店内の様子を、俯瞰したままだから」
「……魔法だからか?」
「そう」
「……そうだよな、魔法だもんな……」
不自然が魔法。
「それよりも、ほら。アイツが彼女の前の席に座ろうとしているよ」
仮面を被ったアイツ。後ろ姿を見る限りではその艶やかな黒髪は腰まで長く、体型も細く、タートルネックシャツとズボンで肌の露出は極めて少ないけれど、それでも確認できる肌は透き通るように白かった。
「ファファルって奴か? 女なのか?」
「そう、ファファル。いつから仮面を被るようになったのかは忘れたけど、女。それよりも、ここからじゃ声が聞こえないから近付くよ」
ミヨクはそう言うと、景色を一時停止をしてから、勇者と共に宙から地上へと降り、そして歩いて席に近付いて行き、ユナの両隣りに座った。この時、実は勇者は自らの意思では動いておらず、催眠術にでもかけられていたかのように無意識で動かされていた。
「──ところでお前、好きな彼女が隣に居るからって舞い上がったりするなよ。面倒くさいから」
「……いや、お前の魔法が凄すぎてそんな淡い気持ちにならないから大丈夫だ……久しぶりの再会だけど、なんか頭の容量を使いすぎてて逆にすげー冷静だよ。って勝手に俺の身体を動かすなよ。コエーよ! 一時停止ってなんだよ、コエーよ!」
「ここはお前の記憶の中だけど、あくまでも俺の魔法だからね。お前の身体は俺が自由自在に動かせるんだ」
そう言ってミヨクは勇者の身体を動かして遊んで見せた。バンザイをさせたり、立ち上がらせてぴょんぴょん飛び跳ねさせたりと、やや暫くの間。
「……そろそろヤメろ」
自分の指が鼻の穴に侵入してきた頃に勇者はそう言った。
「──もちろん俺たちの姿は誰にも見えていないんだろうな? 当然ユナにも?」
「それは当たり前。なにせここはお前の記憶の中なんだから。現実じゃないんだから。しかも今は一時停止中だし」
ミヨクのその発言に勇者はそろそろ混乱しそうになったのだが、取り敢えずは魔法だから、で済ます事にしておいた。
勇者は目の前の仮面の女を見つめた。まるで顔が闇に包まれているような深い黒色をした不気味な仮面を。唯一目の部分は開いていて、そこからは瞳の色が確認できた。黒と銀。特に左目の銀色は唯一の異色であり、故により一層の不気味さを感じた。しかもその瞳、先ほどからずっと視線が重なる気もした。
「……み、見えてないんだよな? この仮面の女に妙に見られている気がするんだけど、本当に見えてないんだよな?」
「見えない。ここはお前の記憶の中だから絶対に見えない。そもそも見える見えないの概念が存在しない。一時停止中だし。ただ俺もさっきから目が合ってるような気がするけど絶対に気のせい。ファファルの不気味さによる錯覚としか言いようがない。それよりも、そろそろ一時停止を切るから静かにね。2人の話し声が聞こえないから」
──再生開始。
すぐにユナが目の前のファファルに声を発した。
「あっ、す、すいません。気分を害してしまいましたか? さっきからため息ばっかりついて、私ったら気持ち悪いですよね。すいません。食事の席なのに陰鬱とさせてしまったみたいで……」
ユナはそう言って慌てふためいていたが、ファファルは静かに着席をすると「いいえ」と静かな声で答えた。
「あっ、違うんですか? てっきり私ったら怒らせてしまったんじゃないかと思ってました。だっていきなり私の席までやっくるから……でも表情が分からないからよく分からなくって、取り敢えず謝っておこうと……あっ、もしかして相席の希望ですか? だとしたら──」
「違うわ。あなたが何か悲しそうな顔をしていたから心配で声を掛けに来ただけよ。ねえ、何でそんな悲しい顔をしていたの? 女が悲しい顔をしているのは
「わ、吾……? あっ、いえいえ……いや、そんな初対面の方に……えっ、でも……えっ、い、いいんですか……? いやいや、ダメですよね? 本気にするなって感じですよね? 初対面ですものね……でも、えっ、本当に、本当に聞いてもらってもいいですか?」
「ええ。初対面だから話しやすい事もあるわよね」
「あ、ありがとございます。聞いて下さい。実は──」
それは最近のストレスについてだった。
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