1─5


「ちょっと待ってて」


 とミヨクがそう言い、それから数分後に再び地下から姿を現すと、彼は両脇にぬいぐるみを抱えていた。例の人型のぬいぐるみのゼンちゃんとマイちゃんである。


 ミヨクは赤い椅子に座ってから、「ルンルンルン《制限時間ありの魂》」と時の魔法を唱えると、掌に鍵のような物を作り出し、それを先ずはゼンちゃんの背中に刺してから幾度か回して、その後でマイちゃんにも同様の事をした。


 ──この時、ゼンちゃんとマイちゃんから「うー……ううう……うー……ううう……」と唸り声のようなのものがしており、マイちゃんの瞳からはボロボロと涙が溢れていた。


 勇者一行はそんな様子を見つめながら、なんだか虐待の現場を見せられているようで非常に心が痛くなっていた。


「時間(魂の意)って入れると痛いんだろうね。俺は入れられた事がないからよく分からないけど。いつも泣くんだ。あっ、いや、泣くのはマイちゃんだけで、ゼンちゃんは堪えるんだ。男だからって理由で。そのぶん凄い顔になるんだけど」


 そう言いながらミヨクはゼンちゃんとマイちゃんの顔を覗き込みながら、ふふっと笑っていた。


「ぷはーっ生き返ったぜ! ってミヨクまた笑ってただろ? 笑ってんじゃねえ!」


「痛っ! 痛い痛い。泣きすぎて目が痛いよ、ミョクちゃん。腫れてない? 真っ赤に充血してない? ねえ、見てよミョクちゃん」


 ゼンちゃんとマイちゃん、復活。すかさずミヨクは「ごめん笑ってた。だってゼンちゃんいつも必死に耐えてるから。その顔が面白くて、つい。マイちゃんは目は大丈夫だよ。赤くなってないよ。そもそもその部分は俺が描いた絵だしね。でも最近2人とも瞬きとかしてるよね。なんか動いちゃってるよね、絵なのに」


「根性だよ、根性。魂(時間の意)が入れば絵だって動くんだよ。なっ、マイ」


「うん。あっ、でもでも、オラは根性とかじゃなくて、動いた方が可愛いかなって理由で動かしてるんだよ。根性とかって言葉はちょっと嫌いかな。汗臭い感じがするから……」


「うっせーマイ。どうでもいーんだよそんなのは!」


 そう言ってゼンちゃんはマイちゃんの頭を叩きつけてまた泣かせた。


「こら、ゼンちゃん。いちいちマイちゃんを泣かせない。魂を抜いちゃうぞ」


「おっと、それは勘弁だな。せっかく痛い思いをして復活したばっかだからな──ってかそれよりミヨク、なんでアイツらがまた居るんだ?」


 ゼンちゃんは勇者一行を見てそう言い、どうやらミヨクよりも記憶力がいいようだった。


「あっ、ゼンちゃんの知り合いなんだ。えっ? 俺も? 俺は知らないよ。まあ、いいや。なんか色恋の話をしに来ていてね、ほら、俺はそういうのよく分からないから、2人にも意見を聞こうと思ってね」


 ミヨクがゼンちゃんとマイちゃんを連れて(運んで)来た理由はどうやらそういう事らしかった。故に勇者一行は思った。もう何がなんだか意味わかんねーよ、と。


「さあ、勇者。役者も揃ったところで、もう一度さっきの話をしていいよ。特にマイちゃんはそういう話に興味津々の年頃なんだ」


 見せ物だ。見せ物にされてる……。勇者一行の誰もがそう思った。けれども勇者本人はこれも相互尊重の観点から進展と捉えたようで、丁寧にもまた説明をする事でチャンスを繋げようとするのだった。


「そうだな……ユナとの出会いは幼稚園の頃だった。その頃の俺は弱虫で、いつも悪ガキたちにイジメられては泣かされてばかりいたんだ。その時に手を差し伸べてくれたのが──」


「そっから話すのかよ!」「丁寧すぎるわ!」「長いわ!」「うぜー」とミヨクとマイちゃん以外の皆から咄嗟にそう怒鳴られた。


「と、とにかく好きなんだよ! 好きに明確な理由なんてないだろうが! 敢えて言うなら、優しさだよ。優しいんだよユナは、昔から。もちろん可愛いし。いつも笑顔だし。治癒魔法使うし、優しいし、好きなんだよ」


「……そうだな。ユナは確かに優しいよな。性格もめちゃくちゃ良いし。聖母のようだよな。好きになるよな。ただ魔王を倒す旅の最中にそんな事を考えていたのは驚きだけどな……」


「そうねパーティ内でそういう感情はあまり好ましくないわね。でも、ユナは可愛いし性格もいいわよね。私も男だったら惚れちゃってるわね。ただ勇者がなんで、優しいを2度も言って最後には私の方をチラ見してきたのかは気になるけどね」


「俺は遊び人の時にユナに告って振られて、魔道士に転職してからもまた告って、また振られたぜ。ふっ」


 仲間たちが各々そう言い、最後の奴の「ふっ」はただただ耳障りでしかなかった。


「分かる!」


 マイちゃんが急に語勢を強めた。


「──愛よね、愛。オラは経験した事がないけど、愛って感情の爆発なんだよね。オラは経験した事がないけど、愛ってすっごい、すっごいんだよね! オラは経験した事がないけど、トキメキなんだよ、トキメキ! オラは経験した事がないけど、心臓がキュンキュンと高鳴ってどうしようもなくなるんだよね! キャー」


 そんなマイちゃんを見てミヨクは思った。こんなに楽しそうにしてくれるなら連れて来て良かったよマイちゃん、と。でもキュンキュン鳴る心臓はないんだけどね、と。


 ゼンちゃんも思った。うぜー、と。


「よーし、分かったよ。その気持ち受けとったよ。オラに任せて!」


 そう言ってマイちゃんは自分の胸をポンポンと叩いた。そして──ミヨクの方に振り返ってから「なんとかしてあげて」と上目遣いで瞳をキラキラさせながら告げた。


「お前が何とかしないのかいっ!」


 とゼンちゃんがお約束のツッコミを入れてくれた。


「……マイちゃん、いつの間に覚えたのそんな技。でもマイちゃんのお願いでも、それはダメだって前にも教えたよね。俺は誰の依怙贔屓もしないって」


「でも、でもでも、ミョクちゃん愛だよ、愛。愛は尊いんだよ。凄いんだよ。だから助けてあげようよ」


 随分と食い下がってくるマイちゃんにミヨクは無下にも出来ず、仕方なく勇者の話を一歩だけ進展してやる事にした。


「それで、なんで死んだの? その彼女は?」


「か、彼女って、や、やめろよ! まだそんなんじゃないんだから! やめろよ!!」


「……じゃあ、もう聞かない。帰っ──」


「じょ、冗談だ」


「……2度目はないからね」


「わ、分かった。気をつける」


「……それで、彼女はどうして死んだの?」


「魔王に挑んで、全滅させられそうになって、そうしたらユナが……いつの間に覚えた魔法なのかが分からないんだが、スーパーエスケープってのを使って、それで俺たちを脱出させて、多分その代償で死んでしまったんだ……」


「スーパーエスケープ?」


 そこでミヨクはぽりぽりと頭を掻いた。


「──うん……だったら、そうだね。彼女の死因は自分の容量を超えた魔力を使った事による命の消費で間違いなさそうだね。だってそれは恐らく脱出って言ってる時点で空間魔法だから。普通の人には決して扱えない魔法だから」


「ん? 空間魔法……って事はミヨク?」


 ゼンちゃんがそう問い、ミヨクは神妙な面持ちで頷いた。


「ファファルの仕業だね。空間魔法なんて、アイツにしか使えないから」


 ファファル。そう告げた時のミヨクの表情は今日で一番に嫌そうな感じだった。


「──彼女は与えて貰ったんだね、そのスーパーエスケープってのを空間の魔法使いのファファルに」


「空間の魔法? ファファル?」


 それは勇者には聞き覚えのない言葉だった。


 刹那──ミヨクが笑った。


「そうか、けどファファルか。アイツが一枚噛んでいるのか? それはいいね。だったらなんか急にやる気が出てきたよ」


 そう言うとミヨクは、


「──いいよ、願いを叶えてあげる」


 と正に急に態度を一変とさせた。


「──それで早速だけど、彼女と一緒に旅をしていて何か不自然に感じる事はなかった? 例えば彼女が妙な人と会っていたとか」


 勇者はミヨクの急な変化にたじろきながらも、「いや、いろんな人間とは出会うからな……町の人とかも含めたら妙な人ってのが見当がつかないな……そ、それよりも本当に願いを叶えてくれるのか?」とまだ半信半疑に問い、そこにオシャレ魔道士のミナポが割って入ってきた。


「居たわ! 私、覚えてる。この建物と同じくらい不気味な雰囲気をもった人間に私たちは確かに会っているわ」


「……あっ! そういえば居たな。ミナポが警戒していた仮面の変な奴が」


 戦士マードリックも不意にそう思い出し、勇者も「ああ、そういえば……」とようやく思い出したようだった。


「あの仮面、カッコよかったな。ふっ」


 ……ペルシャは無視だ。


「仮面? うん。たぶんそれ。その仮面がファファル。いつ会ったか覚えてる? なるべく正確な時間を教えて」


 ミヨクがそう言い、必死に記憶を辿る勇者一行。


 そして、


「あの日は俺が遊び人から魔道士に転職した翌日だから覚えてる。時間は19時くらいだ」


 と、ペルシャがようやく役立った。


「あっ、確かそうね。それでお祝いも兼ねて少しだけ高級な食事処に行こうってなって、それでユナがジャンケンで負けたから先に席を取りに行ってて、私たちが後から合流したんだったわね」


「そうそう。思い出した、思い出した。そうしたらユナが仮面を被った知らない人と話をしていたんだよな」


「なるほど。分かったよ。日にちと時間が分かれば充分──」


 そう言ってミヨクは立ち上がると、勇者に近寄って行った。


 そして、


「手を出して」


 と勇者に手を出させ、その手を掴むと「行くよ」と告げてから、魔法を唱えた。


「──キゾ・ノ・ツミヒ《記憶巡り》」


「えっ、あ、ミョクちゃん、オラは? オラは連れてってくれないの?」


 マイちゃんは必死にそう訴えてたが、ミヨクの回答は「今回はごめんね」だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る