1─4
──その灰色の四角い建造物にはドアは存在していなかった。幾つも並んだ柱には人が通れるくらいの隙間があり、そこから簡単に中に入る事ができた。
30メートル×30メートルくらいの広さの室内。中央には赤色と青色と黄色と白色の4つの椅子が背合わせに置いてあるだけで、他には何も存在していなかった。もちろん時の魔法使いミヨクの姿も。
──いや、現れた。4つの椅子のその中央から急に姿を現した。
相変わらずのぼさぼさ髪で、パジャマらしき姿で。今まさに欠伸までした。
「それが時の魔法ってやつか?」
勇者はそう聞いた。今一瞬にして姿を現したのが時の魔法によるものなのか? と。前に一瞬にして姿を消したのも時の魔法によるものなのか? とそんなニュアンスを込めながら。
「ん? あ、ああ。いや、違うよ。今のは魔法でもなんでもないよ。普通に地下から上がってきただけ。地下には俺の寝室があるから、そこからトコトコと普通に上がってきたんだ」
ミヨクはあっさりそう答えた。この背合わせに並ぶ4つの椅子の真ん中には地下に行く階段があるだけだ、と。
「──そんな事より、何か用? 俺、眠いんだけど。古い知人の所からさっき帰ってきたばかりなんだけど。いちいち起こさないで欲しいんだけど。この建物にはセキュリティの魔法を施しているから侵入されると強制的に起こされちゃうんだけど」
「この前の話の続きをしにきた。覚えているだろ、俺たちの事を?」
「えっ? 間違いなく覚えてないけど。寧ろ初対面じゃないの俺たち? えっ? 嘘? 誰?」
「……俺は勇者だ。もう2ヶ月くらいになるけど、前に会っただろ?」
勇者。それは割と威力をもつ名声。一度聞いたらたぶん忘れないであろう名声。それを踏まえた上でミヨクはもう一度言った。
「知らない」
と。
「……わ、分かった。忘れたなら忘れたでもういい」
勇者は正直ショックだった。けれどそれでも必死に踏ん張って耐えた。それは忘れてしまったのなら仕方がないと思う相互尊重の気持ちからくるもので、このパーティで長年リーダーを務めてきたから培われた忍耐力の賜物でもあった。
「──俺の仲間が魔王との戦いで死んだんだ……。お前の魔法で時間を戻して救う事は可能か?」
「えっ、嫌だよ」
時の魔法使いミヨクは2ヶ月前と同じ即答をした。けれど、この返答が実は勇者には引っかかっていた。不可能、ではなく、嫌だ。それは端的に不可能を否定していないのだから。
「嫌だってなんだ? 俺たちは勇者だぞ。この世界の絶対的な悪を討ち滅ぼそうとしているだぞ。不可能じゃないなら、願いを叶えてくれてもいいんじゃないのか? 俺たちは勇者だぞ」
そう言われてミヨクは少考してついでに欠伸もした。欠伸をして涙が溢れると眠気が少しだけ緩和され、その分だけスッキリとしたので、赤い椅子に座って彼らと向き合ってやる事にした。
「ん? おっ。願いを叶えてくれる気になったのか?」
「先ず、世界じゃない」
ミヨクは唐突にそう言った。
「──魔王とそれを倒しに行くお前たち勇者一行。それは世界の話じゃない。大陸。あくまでもこの大陸だけで行われてる内戦の事だよ」
「……えっ?」
勇者はミヨクが何を言われているのかが分からず思わず間抜けな単音を発した。
「内戦は特別な事じゃないんだ。この世界は残念ながらどこの大陸でも争い事が起きているんだ。ここもただのその一つに過ぎないんだ。特別じゃないんだ」
ミヨクは恐らく説教を始めようとしていた。たぶん許せなかったのだろう。思い違いをしている勇者の言動が。世間知らずっぷりが。故に鉄槌を喰らわせたくなかったのだ。寝起きの気分的にも。
「──いいか、よく聞くんだ」
それからミヨクの長話が始まった。
時折、勇者から、
「えっ……何を言っているんだ? な、内戦? な、なんだ内戦って? 魔王は世界の支配者で、たまたまこのオアの大陸を住処にしているんじゃないのか?」
と質問されて話の腰を折られたりしたが、
「違う。魔王はそんなに大それた存在じゃない。あくまでこの大陸内だけの存在なんだ。だからお前たちも世界規模の有名人じゃないんだ。勘違いしないでほしいんだ。世界はもっと大きくて広くて複雑なんだ」
と一蹴しながら、ミヨクはそんな勘違いにおける害を咎め続けた。
「──大陸内の小規模な争いに俺が手を出す事は無いんだ。出せないって言った方が正しいかも知れないけど。そもそも魔王と勇者って統治者と反乱者ってだけで、第三者の俺にはどちらが善でも悪でもないんだ。それから──」
──30分後
正直、13歳の時に故郷の村で勇者の剣を引き抜いてからずっとこの大陸内だけで勇者として旅をしてきた物凄く世間知らず彼には、頭の中に一気に情報が入ってきすぎて、その半分も理解する事が出来なかった。ただ、それでもミヨクの絶対的に伝えたい事だけは理解できた。
つまり、手助けは出来ない。魔王に対して依怙贔屓になるから。時の魔法使いは基本的には世界の傍観者。という事だった。
勇者は依怙贔屓の部分に多少の違和感は覚えながらも、ミヨクのその30分もかけた頑なまでの拒否は決して覆られないだろうと悟った。
そうなると、
勇者は非常に困った。
これでは仲間を──ユナを助けられないではないか、と。
しかも、
「──分かってくれたかな? 以上の理由から俺はどちらにも加担をしないよ。納得したならもう帰ってくれないかな? 俺はまだ眠いんだ」
と、ミヨクが会話を強制終了させようとしてきた。
勇者は慌てた。このままでは不味いと。だから彼は思わずテンパった。
テンパって、テンパり過ぎて、故に頭の中が真っ白になって、そして思わず言った……言ってしまった。
「す、好きなんだよ!!」
と、本心を。つい、うっかりと。
「──俺はユナの事が好きなんだよ!!」
しかも、勢いづいて2度も。
……。
「えっ?」
「えっ?」
「えっ?」
「えっ?」
ほんの少しの沈黙の後で、この場にいる誰もの口からそんな単音が漏れていった。
けれど勇者は、
「──好きなんだよ! 俺はな、ユナとは幼馴染で、その頃からずっと好きで、でもなかなか気持ちを伝えられなくて……それで魔王を退治したら告ろうと思ってて……でも死んじゃって……だからどうしても救いたいんだよ! 好きなんだよ!! 助けてくれよ時の魔法使いよ! 俺の愛を止めないでくれよ!!」
と、感情が爆発して止まらなくなっていた。
……。
「……」
「……」
「……」
「……」
ミヨクは思った。
時の魔法を使わなくても時間が止まる事があるのだ、と。
「好きなんだよ!」
「……」
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