第一章

時の魔法使いと勇者と魔王

1─1

 

 ラグンの封印から800年後──その間で大きく変わった事といえば、世界の大陸が6つになった事と人口が倍以上に増えた事であった。


 変わらなかった点は、ラグン・ラグロクトが存在していようがいまいが世界の争いは無くならなかった事と、ミヨクの不死は相変わらずだった事。


 故にミヨクはソクゴの眠る墓の前で手を合わせると「羨ましいな……」と先ずぼやいた。


「──死は必要だよ……」


 心底にそう思ってた。


「──長く生きていたってつまらないものだよ……」


 生命の永遠は結局最終的には退屈に行き着く。特にミヨクのように強大な魔力の持ち主は。


 強すぎて何も出来ない。


 どれだけ世界が争いを繰り返していても、どれだけ多くの人が困っていようとも、ミヨクにはどうする事もできなかった。なにせ自分は世界の時間を止める事ができ、なにもかもを思い通りの結末にする事が出来るのだから。


 それは端的に絶対的な権力と同意だった。あらゆる事を自分の采配のみで決める事が出来る圧倒的な力と。


 支配。または世界の滅亡が可能な存在。


 だからミヨクは何もしなかった。そのどちらも決して望んでいなかったのだから。


 故に、この1000年近くの人生をほぼ傍観者として生きていた。時の魔法使いに成る前と、800年前のラグン・ラグロクトとの対峙は別として。


 不死だから生きているけど、特別に何もしない。何かをしなければいけない事も特にはない。ミヨクは端的にそんな存在であった。


 ──では、なぜ自分は不死なのだろうか?


 この世に神がいるのは知っている。その代理者であるルアに出会っているのだから。


 同じ強大な力でもルアとラグンはその存在を認められていないのに、なぜ自分だけ?


 その答えは1000年を生きている今も分からなかった。


 ──ただ、分からないけれども不死。望んでいようがいまいがそれは変えられない。


「……まあ、愚痴だよね。ソクゴの前だから弱音を吐いた……。俺、友達いないからね。不死がほぼ確定なのは理解しているし、もう諦めているよ。ただ、いつかは完成させるけどね。俺が死ぬ魔法を。絶対に。だからそれまで待っていてくれよ、ソクゴ。俺もいつか死ぬから」


 ミヨクはそう言った。


 そして最後に、


「──ソクゴ、人生お疲れ様。今までラグンを管理しててくれてありがとう」


 と、頭を下げた。



 ◇◇◇



 ぐうーー……。


 それはそうとしてミヨクの腹が鳴った。彼は基本的に不死だが、死んでから、もしくは死ぬ直前に時間が巻き戻る不死なのでそれまでの身体機能は普通の人間と同じだった。


 ぐうーー……。


 故にミヨクは折角だからと、この前にたまたま発見したこの近くの大陸の南に位置する国の大きな湖の近くの木に成っていた宝石のように輝く赤い果実を取りに行く事にした。



 ◇◇◇



 奇しくもこの日は世界のあちらこちらの大陸で戦争が行われていた。


 カネアの大陸では国と国が総力を挙げて殺し合いをしており、魔法使いが建物を破壊する音や人々の悲鳴や泣き叫ぶ声が空に響き渡っていた。


 リドミの大陸では国の内戦中に他国が侵攻してきて更なる混乱に揺れていた。


 大雨とけたたましい雷が鳴り響く最中で戦争している国と国もあった。


 そしてそれは小規模でも起きていて、とある国の町とその隣町では、ちょうど境となる畑の権利を巡って男たちが今まさに殴りあいの喧嘩を始めていた。どこかの国の町の隣同士の家の住人がささいな口論の末に喧嘩を始めている所もあった。


 とにかく世界が喧騒に包まれていたその日、ミヨクの目的地もまた残念ながらその例外には該当しなかった。


 戦争が行われていた。国と国によるものなのか、内戦なのかはすぐに判断する事ができなかったが、ミヨクが高台から見下ろすと、宝石のように輝く赤い実が成る木の前で大勢が殺し合いをしていた。


 だからミヨクはため息を吐いた後で、すぐに世界の時間を止めた。


 その瞬間、誰もがぴくりとも動かなくなった。魔法使いが放った魔法も、宙に投げ飛ばされた兵士もそのまま宙で静止をし、それはどこかの大陸の誰にも例外はなく、それどころかどこかの国で降っていた雨も、雷も、雪も、風の音も、世界中のなにもかもが完全にぴたりと止まった。


 制限皆無の時の魔法。


 ミヨクは何も言わず、ただ人と人の間を上手に避けながら宝石のように輝く赤い果実を取り、そしてまた人と人の間を上手に避けながら高台へと戻っていった。


 そしてそこで)時間を止める魔法を解き、宝石のように輝く赤い果実をシャリっと噛んだ。


「ああ……今日のは前ほど美味しくないな……人が大勢死ぬのを見ちゃったからね……」


 喧騒が戻った戦場を恨めしそうに見つめながら。


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