第14話 真夜中の来訪者

「あ、ごめん」


風呂から上がったドーベルマンの頭を乾かしていると、突然くらりと眩暈がした。

前にもこれで意識を失ったのだ。


「は?」

「お、おい!?」


服をしっかり着ろと喧嘩中だった二人は、美生の様子にすっかり慌てている。だが、これ以上フォローできるほどの言葉も紡げなかった。

1日くらい、眠るだけだから。


心配しないで欲しいと思ったところで、同時に絆されてるなぁと呆れる。


けれど、思考できたのはそこまでだ。ぷつんと意識が途切れて真っ暗な世界へと美生は落ちて行ったのだった。


――目を開ければ、やはり見知らぬ天井を見上げていた。瞬きを何度か繰り返せば、花の模様がうっすら浮かぶ繊細な天井に、豪華さだけは伝わってくる。


だか、ここがどこかはさっぱりわからない。

薄暗い室内は漏れる月明かりの細い光だけが唯一の光源だ。


そんな中目線を動かせば、隣に大きな影がいた。悲鳴を飲み込んで凝視すれば、それが誰だかハッキリした。

なぜか、シベリアンハスキーが固まっていたのだ。


「王太子?」


なんでこんなところにいるのだ。

美生はぼんやりする意識で体を起こそうとしたら、ずきんと頭が痛んだ。

思わず頭を押さえて呻いてしまう。


「い、痛むのか? 怪我はないと聞いたが」

「あー、寝すぎただけだからしばらくすれば治まると思う」

「お前は本当に敬うことがないな」

「ふふ、不敬罪ってやつ?」


寝起きでそんなことを言われても急には対処できない。

可笑しくなって思わず笑みを溢せば、再度王太子が固まった。

まさか夜這いに来たわけでもないだろうに、なぜこんなところにいるのか。

あれほど二度と顔を見せるなと怒っていたくせに。


「私が此方に来て、何日経ったの」

「二日だ。もうすぐ日付がかわるから、三日目になる」

「あーやっぱりそんなに寝ちゃってたか……ところで女性の寝顔を身内でもないのに勝手に眺めてるのは、問題にならないわけ?」


匂いを相手につけるだけで問題になるような世界の常識は、なんとなく厳しいような気がしたが。


「そ、それは……ここは城だから、問題ない、はずだ」


見慣れない天井は、どうやら城に与えられた部屋らしい。つまり、最初にボストンテリアに連れてこられた部屋だろうか。あのときは天井に注目している余裕などなかったので確信が持てなかった。


しかし、問題は王太子だ。

消え入りそうな声で答えられれば、疚しいことがあると白状しているものだ。


「やっぱり問題なんじゃない。で、わざわざ問題起こしてまで、なんでここにいるの?」


王太子のツガイにはならないと宰相補佐官に伝えたが、こうして夜に会っていると知られたらかなり怒ってきそうだなと顔をしかめる。


借金の返済にかなりの金額を使ったから、それだけで怒られそうだが、そもそも上限額を提示しなかったあちらが悪いとも思う。

いや、悪いことして金儲けをしていて、王太子妃を立后するために方々にばらまいているのだから、金銭感覚が狂っているのかもしれない。

だがキャッシュカードのように金を引き出せないようにされていたら、どうすればよいだろう。まだ店の改装資金を貰っていないのだが。


「お前が辺境伯のところに嫁ぐことが正式に決まったからわざわざ教えにきたんだ!」

「はあ、こんな夜中にご苦労様」

「な、馬鹿にするなっ」

「馬鹿にはしていないわよ、純粋に不思議になっただけ。じゃあ用が済んだなら出ていってくれない?もう一眠りするから」

「これ以上寝るのか!?」

「うるさいな、私の勝手でしょう。さぁ、出て行って!」


さっさとシベリアンハスキーを部屋から追い出す。盛大な文句を並べ立てていたが、彼がいなくなれぱ部屋の中には静寂が満ちた。


「あー、寝て起きちゃった……」


一眠りするなんて、無理だ。

自分の言葉にくすりと笑む。そのまま、ポトリと涙が落ちた。


「もしかしたらって思ったんだけどなぁ……寝て起きたら夢から覚めてないかなって……」


天井に顔を向けて、両手で顔を覆う。

下を向いたら大洪水だ。だが、上を向いて手で押さえたところで、雫は止めどなく溢れ頬を伝って流れていく。


「あー、やっぱりこっちが現実だぁ」


目が覚めても、目覚めない。

ここが夢ではない証拠には十分だった。痛みもあったし、感覚も本物だ。

眠って起きたら、もしかしたら元の世界に帰ってきているかもなんて淡い期待だった。けれど、見ないようにしていただけで、かなり大きく期待していたのかもしれない。


美生は声を上げてわぁわぁと泣いた。

止めることも、恥ずかしいとも、一つも思わなかった。


それを、部屋の外の扉の前でシベリアンハスキーとボストンテリアがただ無言で聞いていたのだった。


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