第13話 対抗意識
「ぜ、ぜひともやってもらいたい!」
鼻息荒く懇願されて、美生が頷きかけると隣にいたボストンテリアが唸り声をあげた。
「おい、お嬢ちゃんが許可出したんだろうが。お前が邪魔するんじゃない」
「まだ店ができていない」
「大丈夫、ここには風呂がある。風呂場でもできるだろ?」
「できるけど」
美生に尋ねてきたので、素直に答えればドーベルマンはボストンテリアを嘲笑う。
「ほら、みろ。できるってさ。どうせお前だってやってもらったんだろ。なんの権利があって俺を止めるんだ」
幾分か冷静さを取り戻したドーベルマンが、ボストンテリアを睨む。
落ち着きなく辺りを見回したボストンテリアが項垂れて陥落した。指摘されたとおりだと納得せざるを得なかったのだろう。
なんの茶番だと思いつつ、風呂場へと案内してもらう。
嬉々として風呂場に案内していくドーベルマンは奥の部屋の奥に風呂場があるらしい。どうやらこちらも事務所兼住居らしい。仮眠できる程度しか整えられていないと説明されたが、風呂があるなら十分ではないのかと思う。
何のためらいもなく風呂場の脱衣所で裸になった男は、腰にタオルを巻きつけて仁王立ちをしている。
黒光りするほどに艶やかな体毛に覆われた筋肉質な体には無駄な肉は一切ない。尖った三角の大きな耳はピンと立っていて、怖い顔のうえさらに格好良さが際立つ。
鈴木さんちの空くんを彷彿とさせる凛々しい顔に、頬などに褐色の斑模様が入る場所までまったく同じだ。空くんは基本的に短毛なのでブラッシングだけで十分なのだが、そこはペットサロンなのでシャンプーとマッサージを行う。施術をするときに気を付けるべきことを思い出しながら、適切なマッサージを思い浮かべる。
「断耳は普通なの?」
狼などと戦うことの多いドーベルマンは本来垂れた耳を持つ。けれど戦闘で長い耳をかみちぎられないために幼い時に耳を尖らせて立たせる手術を行うのだ。
最近では垂れたままにする飼い主もいるけれど、警察犬として働いていた空くんは耳の聞こえがよくなるという理由で断耳をしていた。老いて仕事ができなくなったので鈴木さんが引き取ったという経緯がある。
目の前のドーベルマンが同じ経緯だとは思えないけれど、空くんと同じ姿をしているのは繋がりがあるとしか考えられなかった。
「そうだな、若いやつらにはやらない者もいるが、俺たちのように戦う必要のある稼業持ちには耳を切るのは普通だな。美容師ってのはそんなことも知っているもんなのか」
「向こうの世界の知識だから、こっちはどうなのかなと思ったの」
「貴女はいろんなことを熱心に学んでいる」
ボストンテリアが感心したように目を輝かせている。
ボストンテリアにかけてもらった防水の魔法はすでに切れているので、もう一度かけてもらいながら、美生はお礼を言う。
仕事を褒められるのは純粋にうれしい。少し照れて目を伏せると、ドーベルマンがぐるぐると唸っていた。
「俺もあんたはすごいと思うぞ」
謎の対抗意識があるようで、美生は一応礼を伝えておく。
そのままシャワーからお湯を出して、同じように頭から濡らしていく。座る椅子などはおいていないのでやはりこちらでも屈んでもらう必要がある。
丁寧に石鹸を泡立てマッサージを施しながら頭から順番に洗っていけば、目を閉じたドーベルマンが気持ちよさげに喉を鳴らした。
「かゆいところはない?」
ふるふると首を横に振る姿はとても可愛い。
ペットサロンにくる子たちが濡れた姿になると、どのこも憐れでとても可愛く見える。
美生はやりがいを感じながら、必死で手を動かすのだった。
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