第10話 オーナー

「助けてもらってありがとうございました」


画廊の一番奥の部屋で、イタリアングレーハウンドは深々と頭を下げた。

彼はこの画廊のオーナーであるらしいのだが、いかんせん絵が売れないためにあちこち借金した挙句、先ほどのドーベルマンから激しい取り立てを受けているらしい。

さっきも店から追い出されかけていたとのことで、ドーベルマンがすぐに戻ってくるかもしれないとビクビクしていた。

今日は大丈夫だとボストンテリアが説得したおかげで、なんとか落ち着きを取り戻してこうして美生にお礼を告げたのだった。


「何もできていないし。それよりお金はあるの。借金を返さない限りはあのドーベルマン、何度でもやってくるんじゃない?」

「ボス自ら借金の取り立てを行うほどだ。何か理由があるんだろう」

「あいつらはこの画廊の絵が欲しいようなんです。そもそも俺の借金は別のところから借りていたのをあいつがいつの間にか買い取っていたんです。嵌められたとわかった時にはすでに借金がすごい額になっていて……」


悔しそうにうつむいたイタリアングレーハウンドはそのまま小さく呻く。

ドーベルマンに散々痛めつけられていた体は、やはり骨折しているのではないかと思われた。


「ここにあるのは、元魔法士の絵師のものなんです。ですから、執拗に狙ってきていて、売らないと断った途端にこんな嫌がらせが始まって……」

「絵に細工するつもりか」

「どういうこと?」

「魔法士は自然と魔力を込めて生活してしまう。たとえば息や声に魔力を帯びる。絵を描くだけで魔力を纏う。魔力を纏った絵に細工をすれば、たとえば別の魔力を混ぜて爆発させることも可能だし、何かを隠すこともできる」

「それはすごいわね」


美生が思わず店の前に飾られていた絵が気になったのも、その魔力を感じたからだろうか。よくわからないが、気になる絵ではあったのだが、画廊に飾られている絵を見てもどれもなんだかひきつけられるのだ。


「でも、わざわざ借金をまとめて労力かけないと手に入りづらいものなの?」

「魔法士はほとんど魔法士として生きていくから絵を描くなんて滅多にいないんです。俺のお抱え絵師が特別で、だからそんな絵も滅多に出回らないんですよね。俺が邪魔だから、きっと借金を返しても別の方法で狙われるんだ」


頭を抱えてすっかりしょげているイタリアングレーハウンドは、飼い主に叱られて落ち込んでいるあおちゃんにそっくりだった。


「ここの画廊って、二階建て?」

「いえ、三階建てですよ。一番上が俺の家で、二階は倉庫になってます。一番奥の部屋がアトリエです」

「二階の倉庫にお風呂とかつけたら、画廊においてある絵に影響する?」

「ここにある絵はすべて絵師から防水などの保護魔法がかかっているし、アトリエにも部屋自体に同じく魔法がかかっているので、二階に風呂ができても影響はありませんけど。まさか二階に住むんですか?」


問いかけてきたイタリアングレーハウンドに、美生はびしりと指をつきつけた。


「私がここのオーナーになるわ!」

「え、まさかの乗っ取りですか!?」

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