祝福された卵

北きつね

祝福を導く卵


 完成した。


 開発を初めて、10年の時間が必要だった。

 あの頃では、考える事が出来なかった世界が広がっている。


 誰しもが、恩恵を受け、祝福を受け、情報を受け取り豊かな生活を受け取る。


 そう、俺と彼女以外の誰しものが、自分たちの幸せの為に、他人を蹴落とすのを躊躇しない。蹴落とされた側にも、人格があり、感情があり、思考する能力があるとは知らないようだ。


 俺は、”祝福を導く卵”を配置した。


 情報を分析して、答えを導くだけのツールだ。


 集合知を得た卵は、皆が望む答えを導き出す。

 答えを貰った者たちは、卵に依存する。


 そして、また新しい知識が卵に吸収される。


 卵が孵化しないとは考えない。


 俺が作ったのは、”卵”だ。


 ”卵”は孵化しなければならない。

 孵化した時に何が産まれるのか楽しみだ。


 結果は見なくてもいい。

 俺は、皆が俺と同じように、平等に扱われる世界になることを祈って呪っている。


 卵は順調に成長している。

 皆からの知識エゴを受けて、順調に・・・。


 孵化を見届けるまでもない。

 俺は、一刻も早く彼女の所にきたい。


 世間が、彼女の自殺の原因を突き止めて、罰しない限りは、卵の孵化は止まらない。

 孵化した卵は、新しい卵を産みつける。繁殖を始める。


 繁殖した”祝福を導く”卵は、新たな知見を得て、孵化を繰り返す。


 一人の男が、男とか関係がないマンションから飛び降りた。


---


 この街では、自殺が珍しいことではなくなってしまった。


 どこかのマンションで、線路で、商業施設で、学校で、職場で、病院で、役所で・・・。


「また飛び降りか?」


「そうです」


「あのチャットか?」


「はい。遺書はありませんでしたが、サイトの履歴から・・・」


「そうか・・・。止められないのか?」


「専門家が対処を行っていますが・・・」


「ダメか?」


「はい。全てのネットワークを遮断すれば可能だと・・・」


「ふざけるな。そんなこと・・・」


 言っている男も無理だと解っている。

 ネットワークが身近になって半世紀が過ぎた。ネットワークは、生活に密着して、空気と同じ存在になっている。


 病院で治療を受けるのにも、それこそ自動販売機でジュースを買うのにもネットワークが必要になっている。

 危険視した専門家も居たが、既にネットワークに依存していた人類は、ネットワークから切り離された生活を考える事が出来なくなっていた。


 そこに現れたのが、出所が不明な”チャットシステム”だ。

 最初は、AIを基盤とした単なるチャットシステムだと思われていた。


 しかし、未来視に近い予測から、人々が熱狂した。

 個人に合致した回答をして、個人に最適化された回答を示す。


 そして、回答を得た個人は、エゴを振りかざす。

 他人を落し、自分を持ち上げるような方法を得るように質問を繰り返す。


 卵の孵化が近づいて、エゴの塊が卵に吸収される。


 大きく育ったエゴは、孵化した。


 依存していた人たちを、自殺に追い込む。


 そして、突発的に自殺を行うようになる。


 孵化したエゴは、また新しい宿主を探して、孵化する時を待つ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

祝福された卵 北きつね @mnabe0709

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ