第5話 合唱コンクール

梅雨真っただ中の6月下旬、音楽の授業で合唱コンクールに向けての練習が始まろうとしていた。私は歌うのは嫌いではなく、合唱だとみんなと一緒に歌うから私の声が特別聴こえるわけでもない。だから別に苦痛でもない。

「合唱コンクールでは、誰か1人にピアノを弾いてもらいます。」

音楽の先生はそう言った。なるほど、ピアノも先生ではなく生徒が担当するのか。

「先生は皆さんのことをまだよく知らないのですが、ピアノを弾ける人は手を挙げてください」

私はチラッと周りを見た。誰も手を挙げない。

「あれ、このクラスはピアノを弾ける人が1人もいないのですか?おかしいですね、クラスというのは、ピアノを弾ける人が1人はいるものなのですが…」

そんなこと言われても知らない。私は知らない。すると、

「あれ、岡田さんってピアノ弾けなかったっけ?」

大変なことになってしまった。水島さんが私がピアノを弾けることを言ってしまった。水島さんは、1年4組では数少ない同じ小学校の人。なんなら幼稚園から一緒だ。私は小さい頃からピアノを習っていて、幼稚園ではたまにピアノを弾いていた。でも、小学生になるとみんなに聴かれるのが恥ずかしいから、演奏しなかったしピアノが弾けるとも言わなかった。でも水島さんは幼稚園でピアノを弾いていたことを覚えていた。

「やっぱりいるじゃないですか。岡田さん、ピアノ演奏お願いします。」

水島さんとは、仲は決していいわけでは無い。よく幼稚園の頃のことを覚えていたなと思った。まさか覚えてるとは思わなかったし、私はピアノを弾くとは考えていなかった。

「では岡田さん、早速ですがピアノの練習をお願いします。」

そう言われて、コンクールで歌う曲の楽譜を渡された。ちょうど今日は水曜日で、スクールソーシャルワーカーの小林さんの来る日だ。相談してみよう。


小林さんとは毎週水曜日にゲームだけでなく、筆談で話をしてかなり慣れてきた。

「合唱コンクールでピアノ担当になってしまった。」という紙を小林さんに見せた。

「岡田さんがピアノを弾くのがもし嫌ならば、私から音楽の先生に伝えますよ。」

私は頷こうとした。しかし、

「でも岡田さんは、ピアノを弾くのは嫌ですか?」

ピアノを弾くのはみんなの前で1人だけ目立つし、でも…

「ピアノでは話す必要は、無いですよね。」

小林さんは、そう答えた。確かに、ピアノを弾くのは目立つ。しかし私は喋れないだけ。ピアノを弾くことは出来るのでは…

「本当に嫌ならば断ってもいいと思いますが、もし少しでも弾こうという気があるならば、私は弾いた方が岡田さんの成長のためになると思いますよ。」

もしかしたら私は、「喋る」という行為に抵抗があっただけで、目立つのは嫌じゃ無い。むしろ私はピアノが弾けるんだというアピールになるかもしれない。私は合唱コンクールでピアノを弾こうと決心した。


家には電子ピアノがあるので、練習を始めてみた。コンクールの曲はピアノで弾くのはそこまで難しく無い。これなら私にも出来そうだ。練習を繰り返し、家では弾けるようになった。次の音楽の授業で初めてみんなの歌と合わせて演奏することになった。曲は私の前奏から始まり、途中からみんなの歌が始まる。不安もありつつ、少し楽しみな気持ちも芽生えてきた。そして音楽の授業。

「では、岡田さんピアノをお願いします。」

という先生の合図でピアノを弾こうとした。しかし、指が動かない。やはり緊張してから弾くことが出来ない。手が震えてきた。すると先生が

「岡田さん、まだあまり練習できてませんでしたか?今日は先生が演奏するので、また練習しておいてください。」

と言われた。練習はかなり頑張った。しかし弾けなかったのは悔しかった。


その日の放課後。田中さんが

「私が練習に付き合うよ!友達も2人誘ったし、私たち4人で練習してみよう。」

と言ってくれた。音楽室の鍵も借りてくれて、準備万端。早速音楽室で練習をすることにした。でもやはり指が動かない。すると

「唯花ちゃんが弾き始めるまで待つよ!焦らなくていいよ。」

と田中さんが言ってくれた。他の2人も待ってくれそうで、少し安心した。

10分ぐらい待たせてしまったが、なんだか弾けそうな気がしてきた。そしてついに、演奏を始めることが出来た。その演奏に合わせて田中さんたちは歌ってくれた。演奏は一度も間違えることなく弾けた。

「すごいよ!これで完璧だよ。唯花ちゃんならきっと出来るよ。」

と田中さんたちに言ってもらえた。


ついに迎えた合唱コンクール当日。1組から発表を始め、4組は最後。1組、2組と合唱が終わったが、1組は全体的に声が小さく、2組はピアノが弾けていなかった。しかし3組は歌声もピアノも完璧。

「これは3組が優勝かな」

そんな声が聞こえてきた。そして4組の発表。私はピアノの前に座り、手をピアノの上に置いた。すると、自然と指が動き出し弾き始めることが出来た。みんなも私のピアノに合わせて歌ってくれた。弾いている時は緊張して歌はあんまり聞こえなかったけど、無事に間違えることなく弾き終えた。

待つこと数分、優勝のクラスが校長先生から発表された。

「優勝は…4組の合唱です。」

そう言われた瞬間、クラス全員が喜んだ。私も嬉しくてたまらなかった。

「ピアノの演奏と歌声の息がピッタリでした。」

音楽の先生はそう評価してくれた。教室に戻り、記念撮影をすることになった。私は隅っこにいたが、

「岡田さんが真ん中じゃ無いと!今日の主役なんだから!」

と言われ、照れながらも私を中心にして撮影された。

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