第59話 キャリア:フーリア・ミーリア(1) 戦争序盤

【視点:フーリア・ミーリア】


 戦地に赴いてから、約3週間が経った。

 ギリア家から戦場までは、一度王都の魔術師部隊宿舎というところに寄って、戦場で戦う魔術師としての証明書のようなものを発行してもらい、そこからまた戦場まで約1ヶ月程の移動をする。

 この時間はとても暇だったけれど、このときが一番安全に休める時だと思って、私は思う存分魔術師部隊の馬車の中で休んだ。

 もっとも、舗装されていない荒れた道を通る馬車の揺れはとても耐え難いものだったけれど。


「どう? 穴掘りの調子は?」


 私がシャベルで地面に大きな穴を掘っていると、地上から一人の女性の声がした。


「なんでメイクホールを使うのは無しなんでしょうか?」


 私は一旦作業を止めて、声を掛けてきた女性の方へ向く。

 女性はただでさえ小さい私を、穴の上から見下ろして小さな微笑みを浮かべている。そばかすが付いていて、金髪の25歳ぐらいの女性だ。

 彼女の名前はモディファ・ルビア、私と同じ徴兵された魔術師である。


「牛の皮を使った袋の中にあまった土を入れるためなんだって。なんでも魔法から身を防いでくれるらしい」


 私はモディファの言った土の入った袋というものを見る。

 袋の中には本当に土しか入っておらず、こんなもので魔法から身を守ることができるのだろうかと思う。

 ただただ土の入った重いだけの物体ではないのだろうか?

 すると、顔に出ていたのだろう。モディファが苦笑いをしながら言う。


「まあ無いよりかはマシでしょ」


 まあ確かにそうだけれど……。


「でもこの掘っている穴と、この土袋のせいで目立った戦闘も無いじゃないですか」


 この穴は、数十年ほど前にある一人の人間が作った塹壕というものらしい。

 なんでも、飛んでくる魔法をこの穴に隠れてやり過ごすためのものらしい。

 この土袋は土嚢と言って重りとしても使え、このように身を守れる装備としても使うことができる……とのことだ、未だにこれに命を救われた経験が無いため、何も言えないが。


「そりゃ塹壕とかが邪魔をして大きな突撃はできないだろうね。馬を準備している間に敵からの攻撃が来たら大損害だろうし」


 ならば何故国は塹壕を掘らせているのかと思う。一昔まえの戦争では騎兵突撃で、敵魔術師が遠距離攻撃をしてくる前に殲滅するのが常套で、実際、このホーラ王国だってその戦法で大陸の中でも特に発展してきた国の1つだ。

 それを何故今更塹壕戦に切り替えたのか、それが疑問である。

 味方の塹壕が馬の準備を邪魔して、攻撃を実行するまでに時間がかかりすぎている。


「攻撃が来たぞー! 塹壕に隠れろー!」


 遠くの方で誰かがそう叫んだ。


「──やべっ!」


 モディファがそう漏らした瞬間、私の背後の方から爆音が聞こえた。

 それを皮切りに、辺りにとてつもない物量の魔法が飛んでくる。


 着弾すると大爆発を起こす火の玉。鉄の盾を安々と貫通する水の矢。カタパルトから発射させるような巨大な岩石。輸送馬車をいとも簡単に崩壊させる光と闇の質量弾。

 遠距離攻撃に使うには燃費が悪い風属性魔法以外の魔法が、私達の陣地に降り注ぐ。


 モディファが頭を必死に守りながら私の掘っている塹壕の中へ飛び込んできた。


「ひぇ〜」


「えげつないですね……」


 私は自分の作った土嚢を頭に乗せて身を守る。

 かなり重たいが、死ぬよりかはマシだろう。


 敵国、ルミリク帝国は我々と互角に渡り合っている。

 私達が住んでいるフリル大陸で一番強い国はと言われれば、ホーラ王国かルミリク帝国のどちらかが挙がるだろう。


 騎士団であればホーラ王国、魔術団であればルミリク帝国がフリル大陸一番と言えるほど、両者の実力は拮抗しているのだ。

 

 ルミリク帝国は魔術師によって発展してきたと言っていい。

 ルミリク帝国の魔術師は高い技術力と戦闘力を持っており、時折このように面制圧攻撃をして私達を弱らせてくるのだ。


「早く止んでくれ! 早く止んでくれ!」


 モディファが摩擦で火傷しそうなほど、激しく手を擦らせてそう祈願している。

 

 そうこうしていると、いつの間にかルミリク側からの魔法攻撃は無くなった。

 魔法で牽制をしながら騎士団で突撃してくるのかとも思ったが、敵からはそういった様子も感じられないので、混戦になる心配はないだろう。


「今のはなかなか苛烈だったな。フーリア魔術師」


 塹壕の奥の方から、一人の男性が歩いてきた。

 その男性は50代くらいの少し白髪が目立ちはじめてるちょび髭の男性で、体は魔術師とは思えないほど鍛えられており、これ以上ないまでの威厳を兼ね備えていた。


「ハッ! 私もそう思います!」


 隣でくたびれていたモディファも、そう叫んでいきなり起立し敬礼をした。

 

 モディファがこのような反応をするのも仕方がない。

 このちょび髭の男性は、私達の魔術団の隊長であるリーホル・リブ・ヴァットハーベン。

 騎士団の中でも最も位の高い者のことを騎士団長というのであれば、魔術師の場合は魔導師と呼ばれる。

 だから、この人と話す際はヴァットハーベン魔導師殿。と呼称する。


「ヴァットハーベン魔導師殿。私も同感です」


 私もモディファのように魔導師殿に対して敬礼をした。


「そこまで畏まらなくていい。私は君達と対等に話がしたい」


 魔導師殿は自身のちょび髭をそっと触りながらそう私達に話した。

 

「それで、何の用でありましょうか」


 私が魔導師殿にそう質問すると、魔導師殿は私に耳打ちをしてきた。


「君に話したいことがある。来てくれ」


 はて……何かやってしまったのでしょうか。

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