第60話 キャリア:フーリア・ミーリア(2) 朗……報?

「話とは何でしょうか。ヴァットハーベン魔導師殿」


 魔導師が寝泊まりや作戦を立てるテントの中で、私は何かミスをしたのではないかと、ヴァットハーベン魔導師に怯えながらそう聞いた。


「なに、そう怯えるでない。朗報だ」


 私は魔導師殿にそう言われてホッとする。

 よかった。これなら黒焦げにされる心配もない。


「朗報とはなんでありましょうか?」


 私はできるだけ冷静を崩さずにそう言った。それでも、先程の魔導師殿の言葉から、私が怯えていたことは見てわかるのだろう。


「君は確か魔法学校出の魔術師だったな。ホーラの」


「はい、そうであります」


「しかも成績が優秀で、A-2-3教室という特に優秀な生徒を厳選していたクラスに所属していたと聞いている」


 中々に調べられているなと、私は思った。

 一介の魔術師の経歴などそこまで深く調べる必要など無いし、魔法学校でどこのクラスにいたなんてものは自己申告制だ。無論、私は自己申告なんてしていないし、する気もなかった。

 私がそうした理由は、どんなに優秀なクラスにいたとしても、私が卒業してから5年に渡って路頭に迷い、貧困に喘いでいた記憶が掘り起こされて嫌だったからである。


 そのことを踏まえて、この人は私の経歴を徴兵時の履歴書以外からの情報をわざわざ集めたらしい。


「はい、そうであります」


 私は機械的にそう言った。


「それで、ただ穴掘りをするだけの仕事というのも実につまらないものだろう。そこで提案があるんだが……」


 私は徐々に繰り出されるヴァットハーベン魔導師殿の言葉に、少しずつ危機感を持ち始めた。

 なんだろう。少し面倒なことになる気がする。


「君の役割を塹壕堀りから戦闘魔術師に変えてみようと思う。どうだろうか?」


 魔導師殿は1枚の紙を私に手渡してきた。

 

 ”君も戦闘魔術師になろう! なり方は簡単、下に名前を記入して上官に提出するだけ!”


 そう書いてある。

 魔導師殿は、表上は私に判断を委ねているように見せかけているが、実際はただの強制だ。たとえ私がその提案を断ったとしても、何らかの理由をつけられて無理やり戦闘魔術師に変えられるのだろう。


「それは……素晴らしい提案ですね……。是非お願いします……」


 私は逃げ場が無いことを知り、渋々その提案(命令)に同意をした。


「よし、君の活躍は未来永劫語り継がれるだろう。英傑ミーリア魔術師よ」

 

 英傑の称号は私には似合わないだろうと思いながら、私はヴァットハーベン魔導師殿に敬礼をしてテントを去ろうとした。


「では、私はこれで……」

「いや、待ってほしい」


「……なんでありましょうか」


 まだなにかあるのだろうか。

 できれば今すぐにでもあの穴蔵に帰って、誰にもバレないようにぐっすりと休みたいのだけど……。


「これは、君の上官としての言葉ではない」


 ヴァットハーベン魔導師殿は奇妙な前置きをして続けた。


「正直、君のような幼き少女の見た目の者を戦場に出すのは少々酷だと私も思う。だが上からの命令なのだ。

 君も、そういった上からの者による命令は断れないと経験しているだろう。どうか、許してはくれないか」


 おおよそ先程の冷酷そうな魔導師殿からは考えられない言葉で、私は驚いた。


「何か、ご不満な所でもございましたでしょうか……?」


 私は困惑しながらも、魔導師殿にそう聞いた。

 またもや不快になる点があったのだろうか。


「いや……実は私には君ぐらいの子供がいてだな。もちろん年齢は普通に6歳程だ。君とは年齢がかけ離れている。

 だが、どうしても……その、同情というものをしてしまうのだ」


 魔導師殿は少し暗い表情をしてそう言った。

『妻と子ができると兵士は弱くなる』と私の住んでいた地方で言われていたのだが、その言葉の理由が今わかった気がする。

 兵士は自身に愛すべき子供が生まれた瞬間、情に弱くなるのだ。


「自分の身は自分で守れる術はこの人生の28年間学んできたつもりであります。なので、無用な心配はなさらないでください」


 私はそう言って、魔導師殿を励ましてみる。

 なんとなく、この人とリーバルトくんは似ているような、そんな気がした。


「その顔は……どうしたのかね……? 何か変なものでもついていたか?」


 暗い表情をしながらヴァットハーベン魔導師殿が私にそう聞いてきた。

 私の考えていたことが顔に出ていたのだろう。


「いえ、ただ少し、教え子に似ているなと……」


 私はその瞬間、上官に対して失礼なことを言ってしまったことに気がついて、咄嗟に頭を下げて叫ぼうとした。


「すいませ……!」

「いや、謝る必要はない」


「でも……」


「いいと言っている。それよりも、教え子というのは?」


 珍しく魔導師殿が食い気味でそう聞いてきたので、私は答えた。


「私がここに来る前に住み込みの家庭教師をしていた時のです。今はホーラ魔法学校に行って、魔法の勉強をしています」


「おおそれは……遅いかもしれないがおめでとう。入学祝いはしたのかね?」


「つい先日に杖と一緒に手紙を送りました」


 私がそう言うと、「ふむ」と、魔導師殿は自身のちょび髭をそっと整えながら言った。


「では、その子の為にも生きて帰らねばな。ミーリア魔術師」


 いつもの冷酷で威厳のある雰囲気のヴァットハーベン魔導師殿に戻った。


「はい!」


 私は元気よくそう叫んで、敬礼をした後に次こそ本当にあの穴蔵へと戻った。

 今日はこのまま土の上で眠ろう……。

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