【間章】フーリア・ミーリア編
第58話 パエデリア
「おじさん、あとどれくらいで街に着く?」
僕は馬の手綱を握っている商人のおじさんにそう話しかけた。
魔法学校へ入学する直前、僕が魔人に変わった時、その2つともに僕を助けてくれたあの商人のおじさんだ。
「そうだなぁ、あと2時間ってところか?」
なぜだか楽しそうにおじさんはそう答えた。
街につけば、後は村まで歩いて向かえばいいだけ。そうすれば、永らく会うことができずにいたフーリアさんに会うことができる。
感動的な再会だ。
今の内に泣ける準備をしておいたほうが良いのかもしれないな。
うう、ぐすん。会いたかったよぉぉ。
うん、完璧だな。
その時、僕の視界の端に白いものが見えた。
麻袋に詰められている、何かの花だろうか。
「おじさん! この花なに?」
僕はハイテンションで商人のおじさんにそう聞く。
いかんな、フーリアさんに久しぶりに出会うからか、気分が高揚してる。
「ああそれ? それはパエデリアって言うんだ。触らないでくれよ? 臭いがとにかく凄まじいんだ」
おじさんが最後にそう言ったので、僕は危うくパエデリアに触れそうになっていたのを咄嗟に止めた。
少し花に鼻を近づけてみると……確かに臭い。少なくとも二度目は嗅ぎたいとは思わない。
「くっさ……」
「あはは、魔法で臭いを封じ込めても臭うか!」
おじさんはそう言って高らかに笑う。
よくもまあ僕はこれに10日間も気づかなかったものだ。
嗅覚でもイカれたか?
「こんなん買う人いるの……?」
僕はおじさんにそう聞くとおじさんはその問いに答えた。
「薬師とか魔法薬師とかによく売れるんだ。薬になるらしい」
おじさんがそう言ったので、僕はへぇ〜と相槌をうった。
「さては興味がないな?」
良くおわかりで。
◇
「じゃ、坊主、またな」
商人のおじさんがそう言って、僕が小さい頃によく来ていた街に降ろした。流石に村まで送ってくれなんて無理を言うつもりはないので、僕は馬車から飛び降りる形で荷台から降りる。
おじさんは僕を下ろすと馬車を出発させて、街の中で馬を歩かせる。帰りのときもお世話になるだろうから、そのときに菓子折りでも持っていこう。
「さよーならー」
僕はどんどんと遠ざかっていく馬車に手を振ってそう叫んだ。
すると、おじさんは言葉でこそ返してはくれなかったが、代わりに左の手をパラパラと振る動きで返してくれた。
さて、このまま村に直行して帰るべきだろうか。
あの建物が確かここから東にあって、太陽があの位置だから……今はだいたい15時くらいか。
もっとも、太陽の位置で時間を測ってもほとんどが信用ならないが。
まぁ時間がちっとも分からないよりかはマシだ。僕はそう割り切って懐から地図をだす。
ここから故郷の村まで約1時間ほど歩くとすると……まぁ暗くなるまでには帰れるか。
水分補給も十分にしておけば倒れる心配もないだろう。
僕はそう思って、僕の故郷の村の方向へと歩く。
もうかれこれ2年程度はここを歩いていないからか、少しばかり風景が変わっている。
背の短い草が生い茂る草原が、今では僕の腰付近にまで草の背丈が伸びている。最近は草刈りをほとんどしないのだろう。
ところどころに新しい建物が建てられていたり、体感ではあるが外で遊ぶ小さな子どもの数も多くなっている気がする。
まだたった2年程しか経っていないのに、こんなにも寂しい気持ちになるとは……。
振り返るといつの間にか街は見えなくなっており、周りには草原だけしか見る光景が無くなってしまっていた。
それから更に30分ほど歩くと、道の先の方にうっすらと僕の故郷の村が見えた。
村のシンボルマークである石の塔が目立って目を惹きつける。
といっても10mほどしか高さが無い塔であるので、王都の方にあった塔の方が大きいが。
僕は風の基礎魔法を利用しながら村へ目掛けて走る。
普通に走るだけでも良いが、風の魔法を使ったほうが体感少し早く感じるのだ。
あとめちゃ涼しい。
村の敷地に入ると、視界の端に畑が見えた。
何かの野菜を収穫しているのだろうか、畑では村の人達が何かをしている。
いや、今はそんなことは別にいい。そんなことより家だ。
僕は風を更に強くして加速する。今度は速くなった気がする、ではなくて速くなっている事が実感できる。
僕は急いで僕の家……ミリシス領スーリア村第9住居へ走る。
あともうすぐでフーリアさんと再会できる! 速く! もっと速く!
僕は玄関の扉を思い切り開き、家の中を見回す。
リビングには誰もいない。この家の1階にはリビングとトイレ、父さん達の寝室ぐらいしか無い。
となると……二階か、父さん達の寝室かのどっちかに誰かが居るのだろう。
ああでも、全員畑仕事に出ていてこの家にはいないという可能性も……でもフーリアさんは畑仕事には向いていないような気がするんだよなぁ。
まぁいい、そのときはその時だ。
僕は2階の階段を駆け上がった。
足の疲れなど忘れた様子で、僕は階段をのぼる。早めに部屋の確認をしてフーリアさんたちが居るかどうかを確認しておきたい。
僕は階段を駆け上がると、階段をのぼる途中のときとは裏腹に、静かに廊下を歩いた。
鍬などを収納している倉庫を通りすぎて、僕の部屋の扉の前に立った。
そして、僕はそっと扉を開いて、中の様子を確認する。
「先生……?」
僕の部屋にはちゃんと3人いた。
父さんと母さんと僕の恩師が、そこにはいた。
別れたあの日から幾分か伸びた赤い髪、相変わらず小学校低学年の子と同じくらいの小さい背丈。
しかし、表情はあの頃の淡々としたような表情ではなくなっている。
目に光がない。
何かに絶望、失望をしたような顔をしていて、ベッドの先にある窓の外を静かに、ただ静かに眺めている。
外には何もいない。ここは二階で、彼女の位置からは雲ひとつ無いつまらない空と、ギラリと目を傷めつける太陽しか見えない。
まるでアディメさんが壊れたときのように、外の様子を見ている。
虚しそうな、悲しそうな、はたまた空っぽでいるような様子で、彼女は外の様子をじっと見ていた。
左目に眼帯をして、右腕のないその少女を、村の人は『フーリア・ミーリア』とそう呼んでいた。
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