第57話 相談

「入れていいよ、彼女は僕の友達だ」


 僕は玄関にいるアディメさんに聞こえるように大きな声でそう言った。

 すぐさま「はーい!」という明るく元気な声が返ってくる。まるでメイドのようだ。


「酷い顔だね。犬のおならでも顔に食らった?」


 洋画の言い回しを少しマイルドにした感じで、テタは言った。


「似たようなもんだよ。少し面食らってる」


 僕はテタにそう言って手紙を見せる。

 個人情報とかそんなのはどうでもいい、これを早く誰かに共有したい。できれば近しい人には見せたくないので、これを見せるのにテタは最適だと思った。


「大変だね」


 黙々と手紙を読み終えたテタはただ一言そう言った。

 その顔は何を考えているのかすらわからないような表情だ。

 その無表情さと、以上なまでの肌の白さから、彼女がまるでフランス人形の様に思えてならない。


「本当に見つけようと思ったら見つけられたな」


 僕は前に彼女が言っていたことを思い出して、そう口に出す。


「私は約束と秘密は守る主義」


 秘密を守ってくれるというのなら、助かることこの上ない。


「あのー、水をお出ししたほうが……」


「いいよ、そこまで長話をする気はないから」


「わかりました!」


 アディメさんはそう元気よく言って、僕の座っているソファの後ろに直立する。

 なんだなんだ?


「あの……なんでそこに?」


 僕はニコニコと笑っているそこに立っているアディメさんにそう聞く。


「こういうときはリーバくんの後ろに立っておいたほうがいいかなって思いまして!」


 なんというか……やりずらいな。

 できれば黙々と何かをやっていてほしいのだが、こうも僕の後ろに立たれると気まずい。

 というか、できればこの会話もあまり知られたくはない内容だから、今の間は普通にどこかへ行っていてほしい。


「上で休んできていいよ。疲れてるでしょ?」


「いえ! 疲れてませんから何かやることを……」


「じゃあ部屋の掃除を僕が良いよと言うまでやってきて」


「はい!」


 僕はアディメさんに一通りの指示を出して、ソファの背もたれにもたれかかる。


「扱いに慣れてるね」


 テタは表情筋を一切動かさずにそう言ってきた。


「あの調子になってから5日も経てば嫌でも扱い方が分かってくるよ」


「少し暗くなってる」


 暗くなったと言うより明るくなったの間違いじゃないだろうか?

 アディメさんは前に比べれば見違えるぐらいに性格が明る……。


「あれのことじゃない。そっち」


 そう言ってテタは僕の方を指さしてきた。

 アディメさんをあれ呼ばわりとは、酷いものだ。

 あと僕に対する二人称がそっちというのも、少し違和感がある。


 というか、ロントくんにも似たようなことを言われたな。そんなに僕の性格は暗くなっただろうか?


「僕は暗くないぞ。明るいぐらいだ」


「嘘」


「嘘じゃない」


「嘘」


「嘘じゃない」


「嘘」


「だから……!」


 僕は小さな口論に発展しかけている事に気がついて、口を閉じる。

 少し喉が乾いてきた。こんなことならアディメさんに水を頼めばよかった。


「それより、本題に入ろう」


 僕が言うべき言葉をテタが盗み取った。


 僕は周りを見渡す。

 いつの間にかロントくんとハーミルくんがこの部屋から消えている。

 気を利かせてくれたのだろう。本当にありがたい。


「何を相談してくるの」


 テタがいつもの淡々とした調子でそう聞いてきた。

 これは僕に問いかけをしてるということでいいのだろうか。


「手紙を見ただろう? 今すぐにでも家に帰って、フーリアさんの様子を確かめておきたい。

 だけど、アディメさんの事が心配だから、帰ろうにも帰れないんだ」


 後半の方はテタ以外に聞こえないような声量でそう言った。

 万が一アディメさんに盗み聞きをされていたら厄介だと思ったからだ。


「だから私に彼女の様子を見てほしいの?」


「そうは言ってないけど……そう言おうとしてた」


 僕はすこし悔しげな気持ちになりながらもそう言った。

 本来は僕がすべきことを、テタに押し付ける羽目になるとは思わなかったからだ。


 しかし、彼女に押し付ければ安心だという一面もある。

 彼女には予見眼のような能力があるように僕は考える。

 実際、フーリアさんに異変が起きていることを、手紙が届く前に当てていた。

 オカルト的な何かを信仰している訳では無いが、魔法のある世界だ、別に未来が見える不思議ちゃんがいたとしてもなんらおかしくはないだろう。


「それは……できない」


 しかし、彼女の回答は僕にとって予想だにしていなかったものだった。


「なんで!?」


「面倒くさいから」


 随分適当な理由である。

 やはり自由人だ。


「面倒臭くてもやって欲しいんだ!」


 僕はそうテタに熱く語りかけるも、彼女は眉を潜め、心底気だるそうな声で言った。


「やる意味がない。彼女はいたってけんぜ……安全ではある」


 なんで今、”健全”って言葉を最後まで言わずに”安全ではある”って言い直したんですか?

 安全と思えるような要素が1つもなかったんですけど今の言葉には。


「そこをお願いだ!」


 僕は両手をあわせて懇願する。

 ついでにゴマをするように両手を上下に動かす。


「う、う〜、分かった」


 彼女は老婆のように顔をしわくちゃにしながらもそう言ってくれた。

 そんなに面倒くさいのか、アディメさんの監視は。


「お金はあるの」


「ああ、うん。あとフリル金貨3枚は残ってる。これなら移動瞬断とその間の食費にはまず困らないだろう?」


「それならよかった」


 妙に優しいテタだ。

 いつもの自由人ぶりがないから、少し恐怖を感じる。


「私、魔法で宙吊りさせるのが得意だけど、やる?」


 僕がそう思っていると、無表情ながらも、明らかに怒っている言葉でテタはそう言った。


「ごめんなさい」


 僕はそう言ってテタに頭を下げる。

 少し彼女の表情に愉悦が写っていた気がするが、気のせいだろう。


 とにかく、これでひとまずの安心はできる。

 テタの未来予知みたいな能力さえあれば、対策はいくらでもし放題だ。

 僕がいなくなるしばらくの間でも、アディメさんを抑え込むことは容易になるだろう。




 この時の僕は、楽観視しすぎていた。

 父さんの手紙があまり緊迫感を感じさせる文章ではなかったのもあるが、フーリアさんのことだから大したことが無いだろうと、高を括っていたのだ。

 フーリアさんにも上がいる。そんな当たり前の常識を、僕は信じるどころか認知すらしていなかったのだ。

 楽観的だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る