第56話 手紙と葛藤
アディメさんは最近になって急激な落ち着きを見せてきた。
負の言葉を発することは少なくなってきたし、隙を見せれば一瞬でやってのける自傷行為を無くなった。
自殺をするような傾向も見られなくなったため、僕たちは再三話し合い、最低一人の監視付きだがアディメさんの拘束は解くことにした。
実際、アディメさんを拘束を開放してみても、自殺をするような様子も見られなく、逆に活力的になったりもした。
アディメさんは僕たちよりも力が強く、器用だった。料理だってしてくれるし、寮の掃除も手伝ってくれて作業効率が莫大に上がった。
彼女が掃除をするとなれば、千人力である。わずか2日であとは備品を揃えるだけになるまでに凄惨とも言えた寮を綺麗にしてしまったのだ。
しかし、最近は何か怪しい言動が見られるようになった。
もちろん自殺の兆候とかそんなものではない。
そこは保証する、安心してほしい。
ただ僕に、少しばかりくっついてくることが多くなったように感じる。
僕が自意識過剰なだけかもしれないが、明らかに僕に対する扱いが他者とは違う、そんな気がしてならないのだ。
「リーバルトくん! 今日は何をすればいいですか!」
「あー、リーバルトでいいよ。今日はそうだなぁ……外でハーミルくんがやってる花の水やりをお願い。やり方はハーミルくんに教わって」
明るくなった。
一週間前の彼女からは到底信じられない変わりようだ。
そこは嬉しい。敬語ではあるが、僕を大切に思ってくれるのだろう。タメ口では話してもらいたいものだが。
「わかりました! あの……」
アディメさんが少しもじもじしだした。
「どうしたの?」
「その、あの武器屋の人が呼んでいた名前で呼んでも……」
「ああ、リーバね。いいよ別に、自由に呼んでもらって」
「ありがとうございます!」
そう言って彼女はルンルンと、花に水やりをしているハーミルくんのもとへ向かった。
これはいい結果……だよな?
「──なんというか、2人共変わったよね」
「そう?」
ロントくんが僕の方に向かってそう言った。
「うん。アディメちゃんは変に明るくなって……といっても、君以外の人に話しかけるときは淡々としてるけど……。
君も君で、少し冷たくなったと言うか……べつに悪い意味じゃないよ! ただちょっと前みたいな活気がなくなったと言うか……」
そうだろうか?
僕はいつも通り皆と話しているだけだが。そこまで暗くなったか?
「大丈夫、僕は元気だよ。前と同じで元気で、明るいリーバルトだよ」
こう言っておけばロントくんも安心してくれるだろう。
「そう……そうだね! 元気だ! 元気……」
ロントくんは僕が思っていた反応とは違う、少し暗い表情でそう言った。
何か癪に障ることでも言ってしまっただろうか。
「ああ! そうそう、君宛に手紙が届いていたよ。内容は見てないから良くわからないけど、差出人名の字が荒いんだ。急いで書いたものなんじゃないかな」
そう言ってロントくんは僕に1枚の手紙を手渡してきた。
僕は手紙を開封して中身をざっと確認してみる。
確かに酷い殴り書きだ。ここまで酷いと解読に一瞬の時間を要する。
これは……父さんか。ダイアー・ギリアと書かれている。
手紙を読むのは嫌いなんだよなぁ。というか、人間語で書かれた活字が嫌いだ。何故神様は読み書きの方も翻訳機能はつけてくれなかったのだろうか。
僕は悪態をつくようにそう思って、いやいやながらもその手紙を読み進める。
【リーバルトへ】
”俺がお前に手紙を寄越したのはこれが初めてとなる。
今思えば、俺たちはお前に顔を3年間もの●間見せることはなかったな。
つい2年前、お前が●魔人化をして死にかけたと聞いたときは●母さんの制止を振り切ってでもお前のとこ●へ向かおうとしたもんだ。その時は王都へ行くための金がなかったから無理だったが。
さてリーバルト、俺がお前に手紙を寄●越した理由はこれから書こう●と思う。
少々●驚く内容ではあると思うが、あまり朗報と呼べるものではない。多分●世間様から見たら悲報この上ないだろう。
フーリアさんが戦地から帰ってきた。
ここまでは朗●報なんだが、帰ってきたフーリアさんの状●態が酷い。
とにかく帰ってきてくれ。
魔術歴206年 6月18日
ダイアー・ギリア”
手紙にはそれだけ書いてあって、他には何も書かれていない。
黒丸はおそらく文字を間違えたところを塗りつぶしたのだろう。しかし、父さんは手紙を書く際には紙を無駄にしないように懇切丁寧に書く癖があるため、この間違いの数は少し多いように感じる。
ただ事ではない。
僕はそう思ってすぐに帰郷の支度をする。
ここから家まで普通の商人用の馬車で10日はかかる。
急いでいきたいので、移動用の急速馬車を使おうとも思ったが、あれは使用すれば金貨2枚ほどはかかる。そんな金はもう使い果たしてしまった。
仕方がない、少々時間はかかるが、商人の馬車に乗って行くとしよう。
幸いにも今はちょうど夏休み初期だ。時間は山ほどある。
今日から三日間馬車を停車させるところを張り込んだら、ミシリス領行きの馬車が出るだろう。馬車について考える必要はない。
問題はアディメさんだ。
アディメさんを今の状態で放置したらどうなる?
表面上は元気旺盛を見せているだけで、内面は前と同じ自殺志望者のままだったら?
今度はハーミルくんとロントくんだけで彼女を止めるしかなくなる。
正直、まだそれなりに疲弊している2人がアディメさんを止められるかと言うと……あまり自信がない。
3対1で均衡を保っていた力関係が一気に崩れることはどうしても避けたいのだ。
では手紙の件は先送りにする?
それこそできない。恩師のフーリアさんが大変な事になっているのに、僕がそんなことをしてしまえば、二度とフーリアさんに顔向けができなくなる。
それ以前に、父さんの拳が直々に飛んでくることになるだろう。
どうしよう、どうしよう……。
「リーバルト、どうしたんだい? 何かあったのかい?」
ロントくんが僕の様子に気がついたのか、心配そうな顔をしてそう言う。
「い、いいや! なんでもない。ちょっとお腹が空いただけ……」
「じゃあハーミルくんが寮の中に帰ってきたら、僕と一緒に食堂でパンを買おうか」
「う、うん」
僕は今頃になってアディメさんを外に出したのを後悔した。
彼女は秘匿すべき存在なのに、今は花に水をやっている。その様子を関係者以外の人間が見たら、もし感の良い人間が見たら、騎士に通報され僕たちは捕まってしまうかもしれない。
最近疲れる出来事が多くて、感覚が麻痺していた。
ああ駄目だ。一度でもネガティブなことを考えると、頭全体がネガティブ思考になってしまう。
どうする?
どっちを捨てるべきだ? どっちにいけば良い?
「戻ったよー!」
玄関からハーミルくんの声がした。
そうだ、ハーミルくんは強い。僕と同じで全属性の魔法を使うことができる。中級詠唱魔法も使うことができる。
ならアディメさんを抑えるのに事足りるだろう。ロントくんの補助もあれば二人は完璧だ……。
本当にそうか……?
この2人は僕よりも強いと思う。
そう思いたい。2人と相対したことがないから分からない。
だから希望的観測で僕よりも強い。そうだ、絶対にそうだ。
絶対にそう……だよな?
誰かに相談をしてみたい。
お墨付きのメンバーじゃなくて、僕が素で話せるような人と……。
そんな人はいたか? 僕の周りに? いなかった気がする。
「──貴方はだれでしょうか」
淡々としたアディメさんの声が玄関から聞こえる。
どうしたのだろうと、僕は少しだけ耳を傾けてみる、
「私は……アージテタ・エルドラド。リーバルト・ギリアに用がある」
聞き覚えのある名前と声の人間が、僕を訪ねてきていた。
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