第53話 お告げ

 僕は、特に理由もなく魔法学校の敷地を歩いていた。

 強いて言うならば、ルラーシアちゃんとハーミルくんの喧嘩とアディメさんの励ましをするのから逃れるためだ。


 三年も魔法学校の中にいると、魔法学校の道は大方わかるようになる。と言っても、全ての道を覚えられるわけではなく、まだまだ不明な場所は多いが。


 あと5日後には夏休みが始まる。

 夏休みが始まると同時に、支給金であるフリル金貨6枚が渡されて、僕たちは遊ぶ。

 それが今までの夏休みの過ごし方だった。

 今年はそんな夏休みの日常を過ごすことができるだろうか。


 騎士に捕まってしまうかもしれない。

 僕が魔人化したときのように、また大変なことが起こってしまうかもしれない。

 下手をしたら、死んでしまうかもしれない。

 ……最後のは言い過ぎか。


 ずっと重苦しい雰囲気に曝されていたせいか、考えること為すこと全てがネガティブだ。


 ……教室に向かおう。

 僕は何故か無性に教室に行きたくなった。

 ノスタルジックな気分なんだろう。もっとも、今も通っている学校の教室に郷愁的な何かを感じるのは可笑しい気がするが。


 教室に着くと、扉に鍵はかかっていなかった。

 というよりも、何も盗むものは無いし、防犯設備も完璧だから鍵をかける必要がないのだろう。


 僕たちが座るだけの五人分の机。リハード先生がいつも朝に立ち尽くしている教壇。下級、中級、上級までの魔術書が並ぶ本棚。生徒が使うための杖が入れられている長箱。夕日が射している窓。

 いつも見ているはずの物たちなのに、一人だけの空間だと、とても違うように見える。

 

 僕は本来、残り30幾人分かの机が置かれているであろう場所に寝転ぶ。

 僕たち五人以外はこの教室を使わないから、この教室には5つの机しか置かれていない。

 教室の3分の1が意味のない空間で、少し寂しい。


 天井を見上げると、そこもやはり不思議だ。

 教室の天井は、魔族の国で作られる耐火の木材でできていて、その色は赤い。

 赤いと言えども、真っ赤というほどではなく、少し橙色に近いような上品な赤だ。朱と表現してもいいだろう。


 しかし……実に静かだ。

 もう夕刻なのもあるだろうが、夏休みが近いこともあって最近は帰る時間が早くなっている。

 だからこの時間帯になると、学校にいる人間は少なくなる。学校に残っている人間のほとんどが教師か、勉強をしている人間だ。


「どうすればいいんだろう……」


 僕はふとそんなことを呟いた。

 これからの事態の対応に嫌気がさしてきた。

 このまま消えてしまおうか。そちらのほうが明らかに楽で、安全だ。


 でも、それだと父さんや母さん、何よりフーリアさんに申し訳がつかなくなる。

 ……フーリアさんは元気だろうか。


「──元気とは言い難いよ」


「は?」


 突如として、教室の床に横たわっている僕を覗き込む少女が現れた。

 僕の顔を覗き込んできた少女は、とても透き通った声で、やけに肌の白い金髪で髪の長いの少女だった。

 その見た目は僕より1つ年下のような感じがする。

 どこかで見たことがあるような、ないようなその少女に僕は聞いた。


「君は誰?」


「私は……アージテタ・エルドラド、テタと呼んで」


 やけに肌の白い少女はそう言った。

 エルドラド、この世界でも珍しい名字ではないだろうか。単に僕が知らないだけで、違う国では定番の名字かもしれないが。


「テタさん、なんでそう言えるんですか?」


 僕はテタさんが先程言った、”元気とは言い難いよ”という言葉の意味を尋ねた。


「テタでいい、タメ口でいい。私がそう断言できるのは、知ってるから」


 その知っている理由を僕は聞きたいのだが……。

 そう思って僕は言う。


「その知っている理由を僕は知りたいんだけど……」


「そのことは私は知らない。知っているのは勝手に知っているということだけ」


 ??

 意味が理解できない。

 知っているのは勝手に知っているだけって……。


 つまりは何か? 勝手に頭の中に未来に起こる出来事が入ってくるというのか? 意味不明だ。


「よくわからないな」


「私も同じ、わからない」


 せめてこの子には分かっててもらいたいんだが……。

 僕はそう思って苦笑いをした。苦笑いをしたのはいつぶりだろうか。


 しかし、この子やはりどこかで見たことあるんだよな……。


「ねえテタ。一回どこかで僕と会ったことはない?」


 僕がそう聞くと、テタはうんと小さくうなずいた。


「約3年前、トイレで」


「あートイレか、トイレ……トイレ?」


 待て待て待て!? トイレで!?

 トイレで出会ったの? 少女と!?


「トイレの外」


 僕の顔には思っていることが文字として映し出されるのだろうか、少女は追加で説明するようにそう言った。


 つい動転して変なことを考えてしまった。変なことと言ってもやましい方では無いが、決してやましいことでは無いが。

 しかし、3年前……。



 ああ! あの時僕の名前を聞いてきたあの子か!


「思い出した?」


 テタは首をかしげて僕にそう言ってきた。


「ああ思い出したよ、あの子か!」


 正直会話したのは数分……いや数十秒程度だったからほとんど記憶になかったが。確かに覚えている、なんとなく不思議だったからか記憶に残っていたのだろう。


 そういえば、あのときに聞き忘れていたことを思い出した。


「君は魔法学校の生徒なの?」


 僕がそう聞くと、テタは今度は首を横に振った。


「そう? じゃあ何者なの?」


 僕がそう聞くと、テタはこう言った。


「元神様。今はもう神様じゃないけど」


 この子は可怪しい、そう思った瞬間だった。

 

 僕は一歩、また一歩と重たい足を動かす。

 僕の足の爪先が向いている方には、男子寮がある。

 あの空間に再び舞い戻るのか……そう思うだけで、体が厭に重くなる。

 ああ、重い。足が疲れてきてしまっている。どこかで一休みでも……。


 いや、待て? これ精神的な重さじゃなくて……物理的な重さ?


「意外と楽」


「ぬわぁぁ!?」


 僕の背中にテタがいた。

 今の今まで気づかなかった……。教室から出るときに別れたと思ったのに。


「なな、なんでそんなところに?」


 僕は冷静を装いながらそう言った。

 

「暇だったから」


「暇だったからってそんな……降りてくれません?」


「わかった」


 そう言ってテタは僕の背中から飛び降りる形で地面に足をつけた。

 テタは飛び降りる際に手を地面につけて着地をした。

 テタは手をパタパタと叩き、手についた砂や泥を落としながら直立する。


 こう並んでみると、テタは案外小さい。

 僕の胸の位置にテタの頭頂部がある感じだ。

 だから、僕がテタを見る時は見下げ、テタが僕を見る時は見上げる形になっている。


「背ぇ縮めて」


「んな無茶な」


 彼女が自由奔放そうな性格だからか、僕の対応もそれ相応の対応になっている気がする。


「ん……帰る」

「あ、はい」


 本当に自由な子だ。

 こっちのペースが崩される感覚がすごい。


「困ったら私に相談して、私を見つけようと思ったら見つけられるから」


 そう言ってテタは、僕の足先が向いている方向とは逆方向に歩いていった。

 一体何だったんだろうか、あの不思議少女は。

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