第52話 お墨付き緊急会議

【視点:リーバルト・ギリア】

 僕たちは、寮に帰った後に緊急会議を開いた。

 お墨付きの面々である。


「……それで、勇者に私達がアディメさんを匿っていることがバレたわけね」


 ルラーシアちゃんが神妙な面持ちでそう言った。

 彼女は両の手の平を重ね合わせて、祈りのポーズのような手の形を作りながら座っている。


「どうする? 勇者が騎士に報告でもしたら、ここにアディメさんが隠れていることがすぐバレるよ」


 ハーミルくんがそう言って心配の面持ちでそう言う。

 これ以上はアディメさんを匿うことはできない。この場にいる全員がそのような雰囲気を辺りに放出していた。

 無論、僕もだ。


「本当にごめんなさい……私が外に出たいなんて言ったもんだから……」


 アディメさんがごめんなさい、ごめんなさいと物憂げな表情で繰り返し呟いている。

 重苦しく、逃げ出したくなるほどにこの場の雰囲気は変容しており、緊張で吐いてしまいそうだ。


「謝らなくていいわ。私が貴方と同じ状況だったら、こっそり寮を抜け出していたでも遊んでいたもの」


 ルラーシアちゃんがアディメさんにそう話しかけて、謝罪の言葉を止めさせようとする。

 しかし、それでもなおアディメさんはごめんなさいと呟きを止めない。


「騎士たちにこのことがバレたら間違いなく監獄行き……もしくは即刻斬首か」


 ロントくんの言葉が直接心臓に響いてやまない。

 

 少々刑が重いのではないかとも思ったが、世界ですでに英雄的な活躍をしている勇者の仲間を拐ってしまったとなれば、そのような刑が執行されてもおかしくはないだろう。

 なんだったら勇者は僕がアディメさんを洗脳したと思いこんでいる。そんな嘘八百を王様が信じてしまったら、僕は一体どうなってしまうのだろう。


 僕が付いていながら、こんな事になってしまった。嘆かわしい。


「そもそも、なんで勇者様は髪型も髪の色も違う、そんなアディメさんに気づいたのかな……」


 フィモラーちゃんがそう言うと、ルラーシアちゃんが答えた。


「所詮は髪を変えた程度じゃほとんど変わらなかったのね。この人の顔は整ってるもの、アディメさんと似たような顔の人なんてそうそういないわ」


 ルラーシアちゃんがアディメさんの顔を見ながらそう言った。


 僕たちが勇者と相敵した時は、勇者から見れば、アディメさんの後ろ姿しか見えていなかっただろう。

 いつもとは違ったであろうアディメさんを見分けるには、僕がよほど見る目が無い限りは顔ぐらいだろう。

 となると、一度は川で出会う前に勇者は僕たちのことを見ていたのかもしれない。そしてそのまま僕たちは跡をつけられて……。

 ストーカーの才能があるな、あいつ。


「そもそも、貴方達がアディメさんを匿おうなんて言うからいけなかったのよ」


 ルラーシアちゃんがハァと大きなため息をついてそう言った。

 なんだろう、すごく嫌な予感がする。


「じゃあ見捨てたほうが良かったっての?」


 ハーミルくんが部屋によく響くような声量でそう言った。

 若干ではあるが口調も変わっている。


「そんなことは言ってないわ、もうちょっと別の方法があったでしょって言いたいの」


「僕たちがどんなに提案しても、駄目だ駄目だって言ったのはルラーシアちゃんじゃないか!!」


 ハーミルくんが腹に据えかねた様子でそう叫ぶ。


「貴方達が現実的な方法を思い浮かばないから否定していたのよ!」


「じゃあ君が考えればよかったじゃないか! その現実的な方法ってのを!」


「それを考えてたのに貴方達が匿うって言って聞かなかったんだから仕方がなかったのよ!」


「すぐに考えることができなかった君に落ち度があるんじゃないか!」


「時間はあったのに、無理に急かして行動したほうが落ち度があるわ!」


「あの……」

「そもそも、君はちょおっと小難しそうな顔だけをして、本当に考えてたのか!」


 声を掛けても2人は喧嘩を止めるどころか、気づいてすらいない。

 止めようにも止めることができないぐらいに峻烈である。

 ロントくんやフィモラーちゃんも喧嘩を止めようとはしてるが、二人の勢いに割り込むことができない様子だ。


「考えてたわよ! 少なくとも貴方達のものより現実的な方法をね!」


「じゃあ言ってみなよ! その現実的な方法ってのを!」


「それは……」

「ほら言えない!」


「今思い出してるのよ!」


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 地獄だ。

 今の父さんと母さんが何かで大喧嘩をして、危うく離婚の危機に陥ったときがこんな風だった気がする。


「今そんなことを言っても遅いだろう! 今話しあうべきなのは過去のことじゃなくて、今後のことだ!」


 ロントくんはそう言って二人の喧嘩を抑えようとしているが、二人は止まらない。


「黙っててくれない? 今は彼を説き伏せることのほうが重要なの!」


 ルラーシアちゃんがルラーシアちゃんらしくないことを言う。

 いつもだったらすぐに冷静になって、「そうね、そっちのほうが大事だったわ」とでも言うのに、今はそれほど重要でもない事に集中している。

 ここまで感情的な彼女を見るのは初めてのことだ。


「説き伏せるってなんだよ! 僕が君を諭すの間違いじゃないのか!?」


「私は諭される義理なんて無いわ! いつも正しいことを意識して行動しているのよ!」


「いつも正しいを意識して行動しても、正しいことばかりな訳ないじゃないか!」


 二人の喧嘩は弱まることはなくとも、苛烈になっていくばかりだ。

 

「リーバルト、行こう。今の二人に何を言っても無駄だ。アディメさんも」


 ロントくんがそう言って、フィモラーちゃんと共に2階へ向かった。

 この喧嘩が沈静化するのを2階でしばらく待つのだろう。


 このままでは僕たちも巻き込まれかねない。先にロントくんとフィモラーちゃんと話し合って、これからする行動の大方を決めていたほうが良いだろう。

 僕はそう思って、謝罪の言葉を繰り返しているアディメさんを連れて、2階へと向かった。




「ごめんなさい、ごめんなさい」


 アディメさんがいたわしくなるような重々しい雰囲気で、そう繰り返している。

 どうすれば、今の彼女を慰められるだろうか。


「謝らなくてもいいです。僕が悪いんですから」


 今までの経験上、こんなことを言っても傷ついている人にはちっとも効きやしない。

 しかし、これ以上に効果のある言葉を知らないから、僕はこう言わざるを得ない。


「リーバルトさんは悪くありません。私が悪いんです、ごめんなさい。ごめんなさい……」


 いつの間にか、僕たち二人は敬語を使うようになってしまっていた。

 そんな僕たちを憐れむような目でロントくん達2人が見てくる。


「そんなに気を重くしないで……いつかはこうなってたんですから」


「どのみち、私はリーバルトさん達に迷惑をかける運命だったんです……」


 どんな言葉をかけても曲解されてしまう。

 自責の念に囚われていると言えど、ここまで酷いものも珍しい。


「僕たちは迷惑だとは思ってませんから……」

「リーバルト」


「嘘です、それは大きすぎる嘘です……本当は迷惑だと思ってるはずです……」


「嘘じゃありません。それに、迷惑をかけているのは僕たちの方なんですから」

「リーバルト」


「それこそ違います、私がリーバルトさん達に迷惑をかけているんです……」


「だから……」


「リーバルト! ……君はもういい、疲れているだろう? 外で少し休んでくると良い」


 ロントくんが僕たちの様子を見るのに耐えかねて、そう言ってきた。


 ロントくんにまで同情される羽目になるなんて、僕は一体何をしているのだろうか。

 せっかく神様から人生のやり直しの機会をくれたのに、こんなザマなんて。


 僕はロントくんの言う通りに、外へ出て少し休むことにした。


 アディメさんの様子は悪魔か何か、そう言った悪いものに取り憑かれているような危なかしい様子だ。

 だから、僕が外を出る瞬間にアディメさんが何か変な気を起こしたとき用でアディメさんの鞘に剣が抜けないような細工をしておく。


 余計なお世話だろうか。いや、余計なお世話になったほうが良いのか。


 ルラーシアちゃんとハーミルくんの喧嘩は、僕が外を出るその瞬間も終わっていなかった。

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