第51話 少女の決意

【視点:アディメ・ヘラーラ】


 いつもより重たい剣。

 いつもより軽い髪。

 いつもより鮮明な意識。

 いつもより不明瞭な結末。

 いつもとは違う敵。

 

 私は今まで仲間だった人を裏切る形で、剣を握っている。

 いや、もはや最初から仲間ではなかったかもしれない。私はただ仲間だと勝手に思って側に立っているだけの寄生虫だったのかもしれない。


 だからこそ私は、この気持ちの悪い気持ちを断ち切るために、この人を裏切っている。

 

「アディメ……やめるんだ」


 勇者様は悲しそうな顔で両手剣を握っている私の方を見た。


「《身体強化〈攻撃5〉》《身体強化〈速度7〉》」


 私は自身の体に身体能力を挙げる詠唱魔法を使った。詠唱魔法と言っても、魔術師が使うような長ったらしい詠唱ではない。

 剣士が主に使う魔法だ。魔力で筋肉の動作を補助するだけの魔法だが、剣士にとってはこの魔法を使えるかで生死を左右するほど重要な魔法だ。

 しかし、速度を7も上げると魔力の消費が激しい。足を少し力むだけで魔力が体中から吸いつくされる感覚がする。


「俺は……どうすれば……」


 勇者様が悲しそうな顔をして俯いたので、私は勇者様に優しく答えた。


「諦めて……私達と戦ってください」


 私はそう言って瞬時に地面を蹴り、勇者様の目の前まで間合いを近づけた。

 勇者様は私と剣を交える直前に距離を取ったけれど、身体強化で速度を7も上げていれば、0.1秒とかからずに近づける。


「ちょっ!?」


 攻撃を5も上げた斬撃だ。攻撃を5も上げれば、通常時では傷をつけることすらできない岩を、簡単に一刀両断できる程の威力になる。

 喰らえばひとたまりもないだろう。

 それを勇者様は分かっているから、勇者様は反射的に右に避ける。

 

 だから私は少しばかり無理をして、勢いがつき数キロの重りが乗ったような感覚のする剣を、少しばかり右へと進行方向をずらした。

 剣に乗っている勢いが少し弱まるが、この程度ならまだ勇者様の胴を分断するのに問題はない。


「冗談だろう!?」


「いいえ! 冗談ではありません!」


 勇者様は、私の剣が勇者様の体を二つに分かつすんでのところで、剣を私との間に挟さみこんで死を防いだ。

 しまった、勢いが弱まったせいで剣を断ち切るのに威力が足りなくなってしまっていた、不覚。


 しかし、曲がりなりにも神なる者から加護を受けた人だ、反応速度も凄まじい。


「僕は君を傷つけたくないんだっ!!」


「まだそんなことを抜かしているんですか! 正々堂々と私と戦ってはくれないんですか!?」


「だから……!」


「もういいです。本気で貴方を殺します」


 私はそう宣言して勇者様から一定の間合いを取り、改めて剣を構え直す。


 次で本当に殺す。勇者様がまたも剣で攻撃を防いだとしても、次こそは剣ごと叩き切ってやる。

 私はそう自身を鼓舞して、勇者様の首元に狙いを定める。


 いつもどおり、スッと行ってスッと切れば良い。


「止めてくれアディメ……俺はお前を殺したく……」


 勇者様が何やらごちゃごちゃと言っている。

 全く持って諦めの悪い人だ。これ以上説得しても無駄だということは分かりきっているだろうに、説得をしようとしてやめない。


「殺してくださいよ!? いつも私の相手はそこらの弱い敵ばかり。本当に強い敵と戦ったことは一っっ切ありませんでしたよ! 私は強く在りたかったのに、貴方はそれを拒んだ。なら私が強さを確かめるためには、貴方と戦うしか無いんです。

 殺してくださいよ、私と本気で戦って、私とは本気で戦わなければ殺せなかったと、私は思われたいんです!!」


 私でも何を言っているのか分からない。だが、意味不明の言葉を気づいたら叫んでいた。


 叫んでいるときに、リーバルトさんを連れて逃げるかとも思ったが、それだけじゃ勇者様……勇者は逃げられる前に真っ先にリーバルトさんを殺してしまうだろう。

 せめて彼だけは無事でいさせたい。


 じゃあ、戦うしかない。勝算は無いが、戦うしか無い。


「《剣技:絶対断頭》」


 私はそう詠唱する。


 魔術師は魔法で直接敵を殺すのに対して、剣士は剣に魔法をかけて間接的に敵を殺す。

 剣士の使う魔法を、世間は『剣技』と呼ぶのだ。


「しまっ!?」


 勇者が剣を盾に私の攻撃を防ごうとするが、無駄だ。

 《絶対断頭》はどんなに切れ味が悪い剣だとしても、どんなに硬いものに対しても、絶対に切れないことは無い。

 剣士の中でも達人が使うような剣技だ。


 私が一瞬で間合いを詰め、両手剣で一の字に切る。

 しかし、勇者は私の攻撃を直前でしゃがんで躱した。反応速度が人間のそれではない。やはり異常だ。


 だが、完全に避けきることは難しかったのだろう。勇者の右耳と、彼の片手剣の先端部分が切れていた。


「痛っ……」


 勇者は左手で右耳のあった場所を抑えている。

 徐々に勇者の左手が真っ赤に染まっていく。普通耳を切られたら痛くて耐えられないだろうに、興奮で痛覚が鈍っているのだろうか。


 今のあの状態なら、次こそは当てられる。


「《剣技:一斬五……」

「──致し方なしだ」


 私が次の剣技を発動しようとした瞬間、勇者がそう呟いた。

 


 勇者がこつ然と私の前から消えた。

 一体どこへ行った? 私の視界から一瞬で消えるなんて……。


「……え?」


 私の持っている剣の刀身が消え失せている。 

 根本からポッキリといかれているようだ。

 

 私は地面を見る。

 そこには、私の両手剣の刀身だったものが転がっていた。


「──いつか絶対に、洗脳を解いてやるからな」


 私の真後ろから勇者の声が聞こえ、私は即座に振り返る。


 そこには、ただ小川とリーバルトさんがいるだけである。


 逃げられてしまった。

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