第50話 戦闘開始
「っぶな!?」
僕は咄嗟に勇者と僕との間に強風を巻き起こし、僕の身体を後方へと吹き飛ばした。
勇者が最初に身体強化だのなんだの言っていなかったら、僕は勇者に攻撃されることを察せずに今頃は体が二つに分かれていただろう。
「大丈夫ですかっ!!」
アディメさんが倒れ込んでいる僕の方に駆け寄ってきた。避けたときに尻もちをついてしまってケツが痛い。
敬語……とかを気にしている場面ではないな。
「アディメ……。俺が今からその洗脳を解いてやるからな……」
そう言って勇者は持っている片手剣を上段に構えた。
──来る。
「喰らえ!」
僕はそう叫んで勇者に基礎魔法の火球を凄まじい速度で飛ばす。
即興で創ったから大きさこそテニスボールぐらいだが、威力はそれなりに高く設定した。
命中さえすれば絶大な威力だ。
「《対魔法耐性2》」
命中した。
火球は大爆発を起こして、とてつもない轟音を辺りに響かせる。
幸いにもここは魔法学校の近くだ、大規模な詠唱魔法が魔法学校で発動されたのだと近隣住民は思うだろう。というか思ってくれ。
……が、火球が爆発してできた黒煙を振り払って出てきたのは、少々服が焦げ付いているだけの特に目立った外傷もない勇者だった。
「はぁ!?」
僕は思わずそう叫ぶ。
殺すことは想定していなかったにしろ、体の一部が多少は欠けることを考えて放った魔法だぞ? なぜ無傷なんだ?
「俺に魔法が効くと思うか?」
澄ました顔で勇者はそう言う。
前世でこういう感じのが流行っていたなと、僕は思い出した。
少ない会社の休憩時間中、ネットサーフィンをしていたらこの勇者みたいな澄ました顔で、俺は無敵だ! みたいなことを言っている漫画の広告を見たことがある。
こんなところで懐かしさを感じるとは。
「神のご加護でも付いてるんですか?」
僕は少し嘲笑うような微笑みを浮かべ、そう言った。
余裕があると見せかけるやせ我慢だ。
「そうだ」
冗談で放った言葉なのに、そう返されるとこちらもどう返答していいのか分からなくなってしまうではないか。
それにしても、フーリアさんから貰った杖を持ってこなかったのが今になって悔やまれる。どうせ今日は魔法は使わないだろうと高を括っていた結果がこのざまだとは。
「どうした? こないのか?」
僕はずっと尻もちをついていた体を起こし、隣に心配そうな顔でこちらを見るアディメさんの方を見る。
彼女の目には勝ってほしいという願いが篭もっている。
勇者がここまで強いとなると勝てなくとも、最低でも引き分けにはもっていきたい。
くそっ。こんなことなら授業で居眠りをするんじゃなかった!!
「こないのなら、こっちが行かせてもらうぞっ!」
勇者が踏み込んだので、僕は両手をパーの形で構える。
集中だ、集中。
基礎魔法を発動するには戦闘中であっても集中をしなければならない。
集中をするには冷静さが必要だ。冷静があるからこそ、集中があ……。
「死ねぇぇぇぇぇ!!」
……あっ……怖い。
僕は飛んでくる勇者の攻撃から左方向へ咄嗟に避けた。
勇者が僕を両断しようとした瞬間、とてつもない殺気に当てられて集中が切れてしまった。
よくよく考えてみれば僕、本気で人に殺気を向けられたことがない。
誰だって、本気の殺意を向けられたら足がすくんで動けなくなる。
僕は足がすくむどころか、腰が抜けてその場に倒れ込んでしまった。勇者の剣がざっくりと僕の右地面に突き刺さっている。
あと一歩遅かったら、僕は死んでいた。怖い。
「大丈夫ですか!?」
アディメさんが僕にそう聞いてくる。
この人の為にも戦わなくては。
僕は無理矢理にでもそう鼓舞し、また集中する。
属性は土属性で、大きさはピンポン玉より一回り小さく、重さは鉛ぐらい、形は細長く先端は丸く、高速に回転させる。
確か発射された銃弾の基本的な特徴はこれだったはずだ。
後は射出速度を上げれるまで上げるだけだ。
「無駄だというのに、何故諦めない?」
勇者は僕の方に剣の先端を向けてそう叫ぶ。
気分は完全に悪しき魔物から姫を救い出す勇者様気分のようだ。僕は魔物でもなんでもないが。
「諦めたら、殺すんでしょう?」
僕は集中が解けないように最低限の言葉を発した。
これだけでも回転速度が微妙に落ちる。
「当たり前だ。仲間を傷つけられて許すほど俺は優しくない」
そっくりそのままその言葉をお前に返すよと、喉元まで出かかって抑える。
こいつに何を言っても無駄だということを忘れていた。
もういい、普通に撃とう。さっきは殺さないとかそんな風に考えていたが、もう面倒くさくなってきた。
僕はそう思って、この弾丸が物体に当たった瞬間に破裂するように設定した。
結構魔力を持っていかれるな……。
そして僕は、勇者に向かって先程の銃弾を模した基礎魔法を射出した。
バァンッと弾丸が音速を越えた音がする。射出スピードに異常はなし。強いて言うなら速い球を撃つのにかなりの魔力を食ったことが異常だが。
これだけのスピードと鉛ほどの大きさだったら、いくら勇者と言えど無傷では済まないだろう。
「……は?」
僕は開いた口が閉じなくなった。
僕が射出した魔法……銃弾とでも言おう。銃弾が勇者の目の前で止まっていた。
銃弾は未だに高速回転を維持しており、魔法の発動回路に何らかの異常があって全停止したわけではなさそうだ。
それどころか、重力にさらされること無く、宙に浮いている。
物理法則はどうした? 魔法がある世界でこんなことは言えないが、重力を無視しているとなると流石におかしいと言わざるを得なくなる。
というかあれ? 勇者は?
僕はそう思って、辺りを見回す。あれ? アディメさんもいない?
勇者が僕の真上にいた。
剣をこれでもかと言うほどに振りかぶっており、猛スピードで僕に降りてくる。
僕の先程の弾丸とは対照的に、重力に依存したようなフォームで僕に剣を振りかぶってきているのだ。
避けようがない。基礎魔法を発動する頃には間に合わない。
死にたくない、嫌だ、まだ生きていたい死にたくない嫌だ死にたくない嫌だ。
必死の生存本能が僕にそう語りかけてきて、僕を突き動かそうとするが、もう剣は僕の目先だ。
死んだ。そう確信した。
「──諦めっ……ないで!」
僕の目の前に二本の剣が交わっている。
勇者の剣の先端が僕の目に触れそうで、触れない。
「アディメ!? どうして……」
勇者が交わっている剣の先を見て、そう叫ぶ。
アディメさんは顔をしかめながらも、勇者の剣を受け止めていた。わざわざ僕を助けるために。
「そんなに自分よりも弱い人をいたぶるのが好きならば、私が好きなだけ相手します。掛かってきてください」
アディメさんは勇者の剣を振り払い、下段の構えで勇者の攻撃を待ち受けた。
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