第49話 最悪なる再会

「おう嬢ちゃん、良い腕してんなぁ」


 武器屋の店主のおじさんが、アディメさんに対してそう言った。

 アディメさんはおじさんが用意した両手剣を構えており、その姿はまるで気高い女騎士のようだ。


「ありがとうございます」


 アディメさんは店主の言葉に感謝を伝え、構えている両手剣を縦方向に速度をつけて下ろす。

 120cmの長さはある両手剣が、空を切ってブンッという重たい音を出す。


「嬢ちゃん、ひょっとして騎士学校か何かに行っていたのか? 腕の筋肉が剣の術を生業にしている人間のそれだ」


 店主のおじさんは訝しげな顔でアディメさんを見た。

 魔法学校以外にも騎士学校っていうのがあるのか。


「いえ、ただ家で少々習ってて……」


 アディメさんが両手剣を長机の上に置いてそう言った。


「嬢ちゃんの家は由緒正しき騎士の家だったりするのか?」


 店主の、冗談なのか本気なのかよくわからない言葉に、アディメさんは苦笑いをしていた。

 

「で、リーバ、今どれだけ金がある?」


「えっと……フリル銀貨15枚だけだけど……」


 僕はそう言って店主のおじさんの目を見つめる。金はこれだけしかないから、少しは安くしてくれないかという気持ちのこもった目でだ。


「リーバ、お前はもうちょっと剣の価値について知ったほうがいいぞ……」


 チッ、流石に剣を値下げさせることはできないか。

 まあわかりきってたことだけども。


「嬢ちゃん、この剣、気に入ったか?」


 おじさんがアディメさんの方を優しげな目で見てそう話しかける。


「はい……両手剣の割には軽くて、それでも丈夫で、すごい使いやすいです!」


 アディメさんは机に置かれている両手剣を見つめながら、そうレビューをした。

 あまりに楽しそうに語るので、かなりこの剣を気に入ったのだろう。


「それは俺が力を入れて作った傑作だ。そう評価されるとこの剣を作った甲斐があったってもんだ!

 ……リーバ、これはツケだ。いつかフリル金貨5枚持って俺のところに来い。わかったな」


 店主のおじさんが、今までにないぐらいドスの聞いた声でそう言ったので、僕は縮み込んで「はい……」と小さな声で答えた。


「よし! 契約成立だ。嬢ちゃん、これはこれからお前の剣だ。彼氏からのプレゼントだぞ?」


「だから違うって!」


 ガハハと店主は豪快に笑う。

 子供をもてあそぶのが好きな人間はこういうことがあるから困るんだ。僕みたいな大人を見習ってほしいも。


「一瞬、俺みたいな大人を見習えとか思ってそうな顔をしてたが、お前もまだ十分に子供だからな?」


 こいつ……心が読めるのか!?


「あ、ありがとう」


 アディメさんが敬語を使わずにタメ口でそうお礼をしてくれた。

 徐々にタメ口に慣れていっているようで少し安心する。




「じゃ、いつか本当に払えよー!」


 おじさんが店を去る僕たちに手を振りながらそう言う。

 僕たちは武器屋の店主に手を振って、その場から離れた。

 アディメさんの背中には先程の武器屋で買った両手剣が飾られており、その貧相な服とは真反対のピカピカの剣に、街中を歩く人々の視線のやり場になっている。


「見られてるね」


「うん……」


 見られるのがいやな性格なのだろうか。アディメさんが俯きながら若干耳を赤くして恥ずかしそうにしている。


 あと1つばかり気になる視線は、僕をまるで敵のような目で見てくる輩がいる。


 その視線の発生源は大抵男であり、これまたモテなさそうな雰囲気を醸し出している。

 嫉妬か? 非リアよ……。


「次はどこにいく?」


 僕はアディメさんの方を向いてそう言った。彼女はいまだに恥ずかしそうにしながら、地面を見ている。


「涼むことができそうな場所ってありま、ある……?」


 アディメさんは周りの人に聞こえないような声でそう言った。

 できるだけ人が少ない場所に行きたいんだろうと僕は察し、「じゃあ川の方に行こうか。近くに綺麗な小川があるんだ」と言った。


「早く行こう……」


 そう言って、アディメさんはこの街の地図も知らないというのに、僕の前を歩き始めた。



 小川に着くと、誰もいない広大な土地が広がっていた。

 場には僕たち以外に誰もいないからか、川のせせらぎのみが、僕たちに伝わってくる聴覚情報だ。

 

「綺麗だね」


 アディメさんが、小川の水を覗き込んでそう言う。


「飲料水としても使われるからね。ここからもっと東にある川の方はゴミやらなんやら落ちてて、かなり汚いよ」


 僕がそう説明すると、アディメさんは「それは少しきついね」と言った。

 敬語が少しずつ抜けていっており、だんだんと心を開いてくれていることに嬉しくて仕方が無い。


「あの……」

「──アディメ!」


 僕がアディメさんに声をかけようとした時、突如として後ろから若い男の声がした。


 アディメさんを呼び捨てする男の声。一瞬でその聴覚情報が頭の中を駆け巡り、該当の人物を記憶の中から検索する。

 ロントくんとハーミルくんは違う。あの二人の声ではない、そもそもあの二人は呼び捨てでアディメさんの名前を叫んだりしない。

 かといって、市場の人間でもない。あの人達にはアディメさんの名前は教えていない。

 となると、候補は1つ絞られる。


 勇者だ。


 僕は後ろを振り返って問の答え合わせをする。その顔はあの日みた勇者の顔をと瓜二つで、やはり日本人の特徴がある顔をしている。


「早くこっちに来るんだッ!」


 勇者は必死そうな顔でそう叫んだ。


 僕はつい反射的に僕の隣に立っているアディメさんの顔を覗き込む。

 アディメさんは俯きながら絶望に満ち溢れた顔をしており、額には大量の汗をかいている。

 息が荒く、背中が激しく上下している。「ぁ、ぁぁ……」という声をひたすらに漏らして、足がガクガクと震えていた。

 この反応だけで、勇者関連のことでどれだけの苦渋を舐めてきたかがわかる。


「何故来ないんだ!? そいつは魔物だ!」


 魔物? それは一体誰のことを言っているのだろうか。

 周りには勇者と、アディメさんと僕以外の人間は見当たらないが。


「アディメ! 早く!」


 勇者と見られる男は急かすようにそう言った。


「……だ」


 アディメさんが背中と連動している震えた小さな声で呟いた。

 川のせせらぎの音がアディメさんの声を少しだけかき消す。

 しかし、アディメさんは次に川のせせらぎどころか、落雷の音にも負けなさそうな声量で叫んだ。


「嫌だッッッッ!!!!」


 アディメさんが叫んだ瞬間、勇者は目をかっ開く。

 予想だにしていなかった返答が返ってきたという顔だ。

 しかし、その拍子抜けの瞳も憎悪が篭もったものへと変わっていく。


「アディメ! 君は洗脳されているんだ! そこにいる魔物に!」


 怒気が入り込んでいる強い声で勇者がそう叫ぶ。

 どうやら僕は魔物扱いらしい。

 ボク 悪いスライムじゃないよ。はやってはみたいのだが、いかんせん僕はただの人間だ。それをやるには人間である僕にはおこがましい気がする。


「この人は魔物なんかじゃありません! いい人なんです!」


 アディメさんが両手を広げて僕の前に立ちはだかる。僕を守ってくれているのだろう。本当にいい人だ。

 

「アディメ……。魔物、お前ぇっ! よくもアディメを洗脳しやがったな!」


「悪いが僕は洗脳なんてしてません! そもそも、アディメさんをこんなにしたのはあなた達が原因なんじゃないんですか!?」


 僕も流石に黙っていられなかった。

 僕を魔物扱いしたり、嫌がっているアディメさんを無理やり連れて行こうとしたり、そもそも気づけない方がおかしいほどのイジメを気づかずにいた勇者に、僕は怒りをぶつけざるを得なかった。


「俺たちはそんなことはしていない! やっぱりアディメ、お前は洗脳されている!」


 まるで幼い子供と話してるみたいだ。一回精神年齢チェックでも受けてみたらどうだ? とでも言いたくなる。


 勇者は必死に身振り手振りでアディメさんをあちらへ連れ戻そうとしていたが、突如として彼の動きが止まった。

 まるで生き物の死後硬直状態みたいにピクリとすら動かない。

 だが、怒りをあらわにしていた目つきが、徐々に諦めに近いものに変わっていくのを見て、本当に死んだわけでは無いことが分かる。


 そして次の瞬間、勇者が何かを呟いた。


「《身体強化〈防御3〉》《身体強化〈攻撃2〉》《身体強化〈速度4〉》」


 僕がまばたきをするために、目を閉じて開ける一瞬の間に、勇者は忽然とその場から消えていた。


 僕は驚いて右から左へと視線を動かし、最後に後ろを振り返った瞬間。


 ──勇者が僕に剣を振りかぶっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る