第48話 外出
「大丈夫ですか? 痛くありません?」
「はい、大丈夫です」
僕はアディメさんの短くなった髪を、市場の雑貨屋で買った水色に近い青色の染料で染める。
染料の髪を染める力が弱くて完全に緑色が隠れないかも知れないと思ったが、実際に青色の染料を塗ってみると元の緑色の要素が消えていて安心した。
「剣は置いていってくださいね」
「なんでですか?」
「剣を持ってたら目立つでしょう? 普通の人は剣を持たないですから」
僕がそう説明すると、アディメさんは納得してくれたのか、「そうですか」と言って僕の机の上に剣を置いてくれた。
彼女が剣を置いた瞬間、メシィッ! と言う音が僕の机から鳴った気もするが、気のせいだ。絶対に。
「じゃあいきましょうか」
外へ行くために必要なものの支度をして、僕達2人は市場へと向かった。
市場までに着く道中、僕たちの間には沈黙が流れていた。
どうも僕は人に話しかける能力が著しく低いらしい。なんとかして改善しなければとも思うが、現状は変わらないままだ。
コミュ障がコミュ障を治すのは難しい。そんなことを中学時代の友達が言っていた気がするが、今になってその言葉を痛感することになるとは。
「……」
「……」
しかし、やはりこの空気感をどうにかしたい。
気まずすぎて吐き気がでてきた。このまま道端で吐いてもいいだろうか?
幸い、ここらには民家がたくさんあって、隠れやすいところが多い、隠れて吐けばバレることはないだろう。
「あ、あの……」
僕が道端で吐こうか本気で迷っていたら、アディメさんがそう話しかけてきて僕は思いとどまる。
僕は一体何を……?
「どうしたんですか?」
僕がそう聞くと、アディメさんはもじもじしながら言った。
「今日はありがとうございます……私が無茶を言ったのに、外へ行きたいっていう私の要望を呑んでくださり……」
アディメさんが変にかしこまったことを言うので、僕は彼女が次の言葉を発する前に口を挟んだ。
「そんなかしこまらなくても……。僕もアディメさんと一緒に外に行けて嬉しいですよ? 新鮮な気分になれますから」
やはりどうもアディメさんには、謙遜、自重、遠慮の念が常人よりも強いように感じる。
僕が今のアディメさんの立場であれば、「アレ買ってー」だとか「ねむーい」だとか色々とわがままの限りを尽くしていたと思う。
「私は命を救ってくれた人に礼儀を欠くような人間ではありません。だから畏まらなければいけないんです!」
しかし、僕がそう言ってもまだアディメさんは謙遜をやめようとしない。
どうにかしてアディメさんの謙遜を抑えたいのだが……どうしたほうがいいだろうか。
「そんなに重く考えないでください。普段はありのままに過ごして、僕が困ったときに少し手助けしてくれるだけで僕は十分です」
アディメさんの青色に着色された短い髪が風にさらされる。
完全に同化しているわけではないが、アディメさんの背景にある青空と少し似ている髪色である。
僕はふと、前世での幼馴染の思い出を思い出した。
あの子が中学校時代の時は、今のアディメさんと同じくらいの髪の長さで、髪の色こそ青ではなかったがなんとなく青っぽい爽やかなイメージがある子だった。今ではその子には子供と夫がいて、仲良く家族団欒しているんだろう。
そう言えば、幼馴染とは敬語を使わずに話していたと思い出した。まあ、幼馴染相手に敬語を使って話す方が可笑しいのだが。
アディメさんと僕は同い年なんだし、タメ口で話したら彼女の謙遜も無くなるのでは……?
僕はそう思って口に出す。
「これからはタメ口で話そうか。名前も呼び捨てにしよう」
すると、アディメさんが「い、いえっ!」と存外大きな声を漏らした。
何か問題でもあっただろうか。
「助けてもらったのにタメ口なんておこがましい……!」
ここまで来ると謙遜というより、もはや僕に対する畏怖のように感じるな。
僕の頭の中には邪智暴虐の限りを尽くしたという記憶はないんだが……。
「僕はおこがましいとは思わないですけどね」
僕はアディメさんの卑下している心を和らげるためにそう言った。
あっやべ敬語……。
敬語を使って話すのをやめようと僕が言ったのに、僕が敬語を使ってどうする。
「本当……ですか?」
心配そうな、信用していなさそうな顔でアディメさんは僕を見る。
「本当だよ」
僕は敬語を使わないように気を使いつつ、優しくアディメさんに言葉をかけた。
「じゃ、じゃあ、よろしくお願いしま……あっ」
ま、まあ僕もさっきは癖みたいなもので敬語を使ってしまったし、これから慣れていけば問題はないだろう、多分。
僕は幸先が不安になりながらも、市場の方へと歩みを進めていった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
魔法学校が休みの日の市場は、より一層うるさくなる。
卒業者推薦の金の支給日が近づいてくると、なおさらのことだ。
一般の生徒が卒業者推薦で合格した生徒に金をたかるという光景も、随分見慣れたものになる。
そんな魔法学校の生徒たちからこんな会話が聞こえてきた。
「おい! あのお墨付きの奴、女を連れてるぞ!」
お墨付きとは、ロントくんなどの僕たち5人のことで、学校の先生からのお墨付きだからということでそう呼ばれているらしい。
正直そんな名称で呼ばれても、普通の生徒とそこまで変わらない強さだからプレッシャーである。
「あんな子うちの学校にいたっけ……?」や「きっと街の子だよ……彼女かな?」と言ったような声が聞こえてくる。
まだアディメさんだとバレていない、と思いたい。
「どう? 市場の様子は?」
僕はアディメさんにそう聞いた。
敬語からタメ口にいきなり変えると少し違和感を感じるな……。
「今まで見てきた市場の中でも活気があっていいですね! あっ敬語……」
敬語からタメ口に変えるのはアディメさんにも違和感があるようで、彼女は敬語を使ってはその度に「あっ敬語」と言っている。かわいい。
「やっぱ慣れないで……よね!」
あやうく「ですよね!」と敬語を使ってしまいそうになったので、僕は急いで取り繕った。
「はい、じゃなくて! うん……」
周りの視線が痛い。
「なんだあのカップルは……」みたいな目で見られるのがこんなに恥ずかしかったとは思いもしなかった。
ロントくん達はいつもこんな目にさらされていたのだと思うと、思わず称賛したくなる。
「と、とりあえず何か買おうか……」
「うん……」
あかん、マジで恥ずかしい。
これもうカップルみたいなものじゃないか……。僕たち二人がそわそわしてるのも、なんかそれっぽさを出してるし……。
「ぶぶ、武器屋でも見に行こうか!」
頭の中で何故か武器屋という単語が出てきたので、僕は咄嗟にそう言う。
普通女の子との買い物で武器屋に行くやつなんていないだろう。
「は、はい! そうですね! あっ……」
アディメさんは敬語を使ってしまい、またもや「あっ敬語……」と声を漏らした。
僕たちはそういう目で見られないために、少しばかり大きな声をだしながら歩いていたが、どうみてもヤバい奴らにしか見えなかっただろうな。
というか、目立つような行為はしたらいけないんだった……。
◇
武器屋に着くと、店主のおじさんが僕に話しかけてきた。
「よ! リーバ! また杖の点検か?」
店主のおじさんは、王都で僕をリーバと呼ぶ唯一の人間である。そのせいか、僕は店主のおじさん相手だと、普通の人間よりも少し砕けた感じになるそうだ。
「違うよ、この人に合ういい剣は無いかって感じで今日は来たんだ」
「そうかそうか。お前も立派になって……」
ん? どういうことだ?
「どういう事?」
僕は疑問に思って、武器屋の店主にそう聞く。
「ガールフレンドに見繕う剣を探しに来るなんて、俺たち武器職人の間じゃあ告白と同義だぜ?」
はっ!? ちょっ! 待っ! は!?
「べべべ、別にそんなんじゃねぇ! 別に告白とか、そそ、そいう意味じゃねえし!」
「口調も変わって……歳相応の反応が出てきて俺ぁ嬉しいよ。今日はサービスしてやるか!」
「だから!」
僕は必死に否定をしようとするが、次々に言いたいことが出てきて優先順位がごっちゃになって、僕は口をモゴモゴとさせる。
僕がそうしている間に「ははは、若いなぁ」と言って、店主のおじさんは店の奥へと消えていった。
違うのだ、本当に違うのだ……。
僕は、はっとなりアディメさんの方を見る。
アディメさんは少し顔を赤らめながら、僕から視線を少し外していた。
「そ、そういうのじゃないですから……」
「わ、わかってるよ……?」
敬語とタメ口を使う関係が逆になってしまっている。
絶対に許さんぞ武器屋のおじさん、いつか店の看板に全品半額シールを貼り付けてやる……。
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