第47話 外出準備

「一度だけでいいですから、外に出たいです」


 突如としてアディメさんがそう言った。


「外に……ですか?」


「はい」


 僕は少しの間思慮する。

 彼女は現在捜索されている身。もちろん彼女の情報は国中の人々が知っている。

 深緑色の長い髪。12歳ぐらいの若い姿。腰には90cmあまりの片手剣を常に納刀していて、かわいらしい顔立ちである。

 剣の情報に関しては寮に置いて出かければ良いのだが、それ以外の情報を隠し切るのは難しい。

 かわいらしい顔立ちと12歳ぐらいの若さに関してはある程度融通が効くものの、深緑色の髪に関してはそうはいかない。

 王都で緑色の髪の人自体少ないからだ。実際、僕が王都に来てからの3年間で緑色の髪の人に出会った数は、フィモラーちゃんも含めて両手で数えられるかどうかだろう。


「難しそう……だなぁ」


「そうですよねすいません……」


「ああ違うんです! 別に行けないことはありませんから!」


「ほんとですか……!」


 しまった。

 咄嗟とはいえ、結構大きめな嘘をついてしまった。

 ま、まあ人気がないところとか、行きたい場所によっては、行けんこともないだろう……多分。


「ちなみにどこに行きたいとかあります?」


「市場です」


 無理すぎやしませんか。

 あやうくそう口に出かかったのを僕は抑える。

 市場って、下手したらこの王都の中で一番人が多いところだぞ……? 最近は騎士もそこらへんをうろちょろしてるし……。

 何の対策もなしに行ったら、秒で強制連行不可避だ。


 長い髪は……まあ切るとして、やっぱり問題は緑の髪色だよなあ。

 染髪剤はこの時代にはなさそうだし……かと言ってそこらへんの塗料を使って髪を染めるとなると、毛根へのダメージが怖い。

 僕には美少女を禿げさせて興奮する趣味はないからね。


 僕は後ろで本を読んでいるロントくんの方を振り向く。


「髪の色関連のことは流石に知らないよ」


 ロントくんは僕の言葉を予知したかのようにそう言った。

 彼がだめとなると、独学しかないのか?


「あー。そういや確か市場の宿の目の前にさ、雑貨店があったでしょ。そこに色々な色の染料が売ってあった気が……」


「でも染料使って、髪傷まない?」


 僕がロントくんにそう言うと、アディメさんが反応した。


「傷んでもいいですから、お願いします」


 アディメさんが上目遣いで僕の方を向いてそう言ってくる。

 半袖の裾を掴んで、懇願するような目に、僕は耐えきる事ができなかった。


「じゃあ、ルラーシアちゃんに頼んで髪を切ってもらってください。僕は染料を買ってくるので」


「髪を切ってもらう必要はありません。私が切りますから」


「え?」


 声を漏らして僕が振り向いているその一瞬の間に、アディメさんは腰にある剣を鞘から抜いて、長い後ろ髪にあてがっていた。


「ちょ、待っ……」


 僕はアディメさんの持っている剣を奪い取ろうと手を伸ばしたが、次の瞬間にはバサリと心地の良い音を鳴らして、彼女の緑色の髪はパラパラと地面に落ちた。


「思い切っった事するなぁ……」


 ロントくんが唖然としながらそう呟いた。

 床には糸のように細かく長い髪の毛が散乱している。

 こりゃ今日の掃除が忙しくなりそうだ。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「おじさん、これボッタクリじゃない? 小瓶1つの染料でフリル銀貨10枚なんて」


「うっせぇ、これが正規価格だ」


「僕の住んでたところではフリル銀貨3枚だったよ」


「ふん、お前どこの出身だ」


 雑貨屋の強情な男が、鼻を鳴らしてそう言った。


「ミシリス領だよ」


「あぁ、あそこか、あそこは物価が安いからな」


 こういうおじさんに限ってガードが固いんだよな……相手が気前の良いおじさんならすぐに安くしてくれるもんだが、こういう人に限っては長時間交渉をしないと折れてはくれない。

 

「フリル銀貨4枚」


「駄目だ、せめて6枚にしてくれ」


「うーん、わかった」


 まあ多少なり高いが、フリル銀貨4枚分安くなったと考えると、まあ良しとしよう。これ以上安くしてと頼んでも「じゃあ別の店で買えよ」と言われるのがオチだろうし。

 しかし、これで今の僕の全財産はフリル銀貨1枚のみ。次の支給日までは後7日もある。食費は一日にフリル銅貨2枚。

 日本円で換算するのであれば、全財産−残りの日数の食費で1000円−3500円=−2500円。


 あっ詰んだ。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「それで、食費をたかりに来たと?」


「はい……」


 僕はルラーシアちゃんの目の前で綺麗な土下座をしている。

 ロントくんとハーミルくんにたかってみても、僕ほどでは無いにしろ2人とも金欠らしかった。

 で、なら貯金をしてお金がありそうなのは、ルラーシアちゃんとフィモラーちゃんぐらいだと思って、女子寮へ急いで向かった結果がこの有様である。フィモラーちゃんは市場で買い物をしているらしく、この寮にはいなかった。


「大体リーバルト、貴方はお金使い過ぎ! 普通にしてたら金貨1枚ぐらいは残るわよ!」


 お怒りである。


「それは……今月は皆の魔石の購入だったり、アディメさんの諸々の費用だったりで特別少なくて……」


「私はいつもの話をしてるのよ! 大体、なんで貯金がいつもない訳!? 食費ぐらいだったら残ってるもんでしょ!」


「それはほら……小銭がちょっと残ったら気持ち悪いじゃないですか……どうせお金は財布に入ってくるんだから、綺麗に全財産は使い切ろう! って……だから使い切っちゃうんですよ、へへ」


 僕がそう言うと、ルラーシアちゃんは「もう!」とほっぺたが膨れた。

 

「金貨1枚だけよ! 支給日になったらすぐに返してもらうからね!」


「ははあっ! 有り難き幸せ!」


 ルラーシアちゃんは僕のことを軽蔑した目で見下しながらも、フリル金貨を貯金箱のようなものから取り出し、僕に手渡してきた。


「なんとお礼を言ったら……」


「いいわ。それよりも、アディメさんの食費はどうしているの?」


「アディメさんの食費なら、アディメさんが出してくれたお金を使って食べ物を買ってるけど……」


「あの人ってそんなにお金があるの?」


 ルラーシアちゃんの言っていることを聞いて、僕は少し考える。

 確かにアディメさんの金銭事情について僕は何も知らない。いつも、「お願いします」とだけ言って。フリル銀貨1枚を手渡してくるので、そこまでお金に困っていないように見えたが、実際はカツカツの状態かもしれない。

 

「わからない……」


「今日聞いてみたら? お金はまだあるんですか? って」


「そうだね、そうしてみる」


 僕はそう言い残して、染料の入った紙袋を持ってアディメさんの待つ男子寮へと帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る