第45話 匿い

「アディメさんは?」


「あの人なら私の寝室でぐっすり寝ているわ。色々と疲れていたんでしょうね」


 ルラーシアちゃんが2階の階段から降りてきてそう言った。


「これからどうするの? あの人が勇者のもとにもどったら、死んじゃうかも」


 ハーミルくんが怯えるようにしてそう言う。

 フィモラーちゃんはハーミルくんの死という単語に反応して、キャア、と小さな悲鳴をあげた。


「そこよね……」


 ルラーシアちゃんがそう言いながらソファに腰を掛け、考える人の彫像を彷彿とさせるポーズをする。


 アディメさんには、勇者のところへ戻ったら不慮の事故か自殺でどの道死んでしまいそうな雰囲気を醸し出していた。


「引き取る?」


 ロントくんがそう言うと、ルラーシアちゃんが「アテはあるの?」と聞いて、ロントくんは押し黙る。


「あの人は曲がりなりにも勇者の仲間よ。私達が引き取るなんて勇者は許してくれるかしら? 待ってるのは子供の戯言と一蹴されるか、魔法学校退学で済めば良いところだわ」


「でも、アディメさんは助けて欲しいって……」


「そのアディメさんを助けるがために自分を犠牲にしたら、元も子もないじゃない」


 ルラーシアちゃんは的確に言葉を返してくる。


「いい? 私達が考えているのは、あの人だけが助かる道じゃなくて、私達とあの人が全員無事でいる道なのよ」


 ルラーシアちゃんは言葉の節々に力を込めてそう言い放つ。


「魔法学校の新入生として迎えるのはどう……?」


 フィモラーちゃんがそう提言を出すが、ルラーシアちゃんがそれをバッサリと断ち切る。


「駄目だわ。私達にそれができる権限は無いし、あの人は見た限り剣士よ、魔法学校の授業について行くどころか、入学試験を突破することもまず無理でしょうね」


 どんなにいい案を出しても、それを上回る不可という二文字が僕らに現実を突きつけてくる。

 アディメさんをどうにか助けることはできないのか……?


 こうなったら、僕だけで……。


「言っておくけどリーバルト、貴方だけが被害を被ろうなんて考えるんじゃないわよ。それで迷惑するのはこっちなんだから」


 ルラーシアちゃんが僕の思考を盗聴したかのように、そう言った。

 釘を刺されてしまった。


「でも……!」


「只でさえ貴方は魔人という面倒くさい立場にいるのよ。魔人が、それも魔法学校の生徒が、勇者の仲間を連れ去ったなんてニュース、とんでもないスクープになるわ」


 ルラーシアちゃんは僕の方を指さしてそう言った。


 そこについて、僕はあまり深く考えていなかった。

 僕がそんなことをやってしまえば、僕だけじゃなくて、皆が被害を被る可能性があるのか。


「でも、僕には匿うしか選択肢は無いと思うんだけど……」


 ハーミルくんが言った。


「だから、それじゃあ駄目かも知れないから、私は……」

「僕もそれしかないと思う」

「わ、私も、そう思う」


 ルラーシアちゃんが何かを言おうとしているときに、ロントくんとフィモラーちゃんの二人が会話に割り込んできた。


「フィモラーまで……」


 敵が4人に増えたルラーシアちゃんは、心底めんどくさそうな顔をしている。


「……具体的な案は?」


「そんなのは無いよ? ただ隠し通すだけ」


 ハーミルくんがそう言って、はぁ、とルラーシアちゃんは重い溜息を吐く。

 彼女は僕たち4人になにか小言を言おうとしたが、僕たちの力強い真剣な眼差しを向けられて、小言を言う元気すら無くなったようだ。


「もういいわ……好きにして頂戴。私はこの件には一切合切関わる気は無いからね」


「君はそれで良いんだよ。僕ら4人だけが加害者だ。君には清廉潔白でいてほしいからね」


 ロントくんが格好をつけてルラーシアちゃんに向かってそう言った。


 この野郎、最後の最後で理想の彼氏面を見せて全てを持っていきやがった……。


「……私は上であの人の様子を見てくるわ、作戦会議は私に聞こえない範囲でやって頂戴」


 そう言ってルラーシアちゃんは悪態をつきながら2階の階段を昇っていった。

 これで僕たちの邪魔をするものはいなくなったわけだ。


「で、どうするの?」


 僕はハーミルくんにそう言うが、彼は得意げな顔をして、「何も策はないよ。ただ隠し通すだけ」と言って笑った。


「でもいいのかい? 君の家は貴族なんだろう? 家名に傷がつくんじゃないかな」


「そんなんで怖がってたら、お父さんに怒られちゃうよ」


 ハーミルくんはそう言って、ロントくんの心配の言葉を簡単に飛ばした。


「でもどこで匿うの……?」


 フィモラーちゃんがおどおどしながらそう言う。


「僕たちの寮で良いんじゃない? 寝室があと何個か残ってたでしょ?」


 ハーミルくんが僕たちの方を見てそう聞いてくるので、僕たちはうんと頷いた。

 でも男子寮に女子を連れ込むのは……その、なんというか……。


「さすがに男子寮に女子を連れ込むのは不味くない?」


 ロントくんがそう言うが、「不味くないでしょ。それとも何? なにかやましいことでもあるの?」とハーミルくんが言った。

 こういうときだけは妙に強いハーミルくんである。


「でもほら、男子寮区域は他の男子もいるし……」


「だったらあの人は外に出さなければいいじゃん。そうすれば僕たち以外の男子はあの人の存在に気づかないわけだし」


 ほんと変な所で強いなこの子。


「それは……うん、そうだね」


 そしてそれとは逆にこういう時は弱いロントくんである。

 アディメさんを外に出さないのはストレスになるのではないかとでも言えばいいのに。

 僕自身も勇気がないからそんなことは言えないが。


「そ、そうだ! 女子寮の方は? そっちのほうもまだ何個か寝室の空きがあるでしょ?」


 ロントくんは一筋の希望を見るように、フィモラーちゃんにそう話しかけた。


「じょ、女子寮の方は不規則的に掃除のおばあさんが来るから、匿うのは難しいかな……?」


 ロントくんの一筋の希望は一人の掃除のおばちゃんの手によって潰えた。

 僕たちの方に掃除のおばちゃんが来ない事に疑問を持つのは、もはや野暮なことだ。



 そして、その日の深夜にアディメさんは僕たちの寮に匿われることになったのである。

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