【第三章】勇者との邂逅編

第33話 ホーラ魔法学校緊急職員会議

 厳かな雰囲気の会議室。

 部屋の中には煙草の煙のにおいが充満しており、2人の教師が時折むせ返っている。

 紅い高級なカーテンの間から漏れる月明かりが場の異様な静かさを映し出している。


 普段、この時間の魔法学校の教師は自身の研究室で魔法の研究をしているなり、家に帰って休んでいるなりしているのだが、この場にはホーラ魔法学校の代表的な教師が集まっている。


 この場にいる者以外に会議の内容を知られないように、光属性魔法を得意とする教師によって、会議室の別空間化をして部外者がこの会議室に入れないようにされている。


「それで、どうする?」


 閑閑とした空気を打ち砕くように、パイプタバコをぷかぷかと吹かしている男が言った。

 この男はホーラ魔法学校教頭、ダドロ・グリッガンである。

 そのがっしりとした図体は、魔法学校の生徒に「魔術師よりも剣士のほうが似合う」と言われるようだ。

 

「犯人探しは騎士団に任せるとして……このことは公表いたしますか?」


 もう一人のひ弱そうな白髪の目立つ男が、長机の一番奥に座っている人間にそう言った。

 この男は魔法学校守護総括、フリッド・マーケンである。

 そのひ弱そうな見た目からは考えられないほどの怪力から、生徒たちには「魔法学校警備の逆ブラフ」と言われている。


「止めておいたほうがいいだろうね。魔法学校の評判が落ちることを避けたいのもあるが、何より魔人化した生徒を守るためにも公表はしないほうが最善だとわしは思う」


 使っている一人称に反して、異様に若々しい声で女はそう言った。

 この女はホーラ魔法学校長、イルモラシア・リブ・ブラッスであり、不老長寿の魔女である。

 見た目は20代前半を思わせるが、優に120年以上は生きている。


「犯人は見つけ次第殺すが最善だ! フリッドの騎士任せの意見は気に食わん! 生徒に毒を盛られたことを悔しく思わんのか!?」


 ダドロが机をバンッと強く叩いてそう言った。

 彼はその威圧的な見た目とは裏腹に、生徒には優しく、信頼されている。

 生徒が襲われたという話を聞いて、真っ先に現場に駆けつけたのもこの男である。


「まあまあ落ち着いて。それよりも今後似たようなことが起きないように、そっちの方の話し合いをすべきなんじゃないかな」


 そう言った男は、リハード・ソモン、今現在この会議室を別空間化している魔法を掛けているのがこの男だ。

 今回の話に出てきた被害者生徒のクラスの担任をしている。


「そうだリハード、お前の言う通りだ。そこの二人も睨みを利かせるんじゃなく、頭を利かせなさいな」


 イルモラシアが喧嘩をしている二人にそう言った。

 二人はそう言われた瞬間、背筋をピンと伸ばして行儀が良くなる。イルモラシアの怒っている顔を想像したのだろう。

 彼女の憤怒にまみれた表情は、巨大なドラゴンと相対することと同じぐらい怖いと、教師生徒共々口を揃えてそう言う。


「しかし、同じような被害を減らすと言っても、どうすればいいんでしょうか?」


 フリッドがそう言って顎杖をつく。

 するとリハードが発言をした。


「人から食べ物を受け取らない……とか?」


「まあそうなるだろうな」


 リハード以外の三人がリハードの意見に小さく頷く。

 正直、いつ起こるかわからない、誰が標的になり、どのような方法で襲ってくるかもわからないものの対策などは無理と、この場にいる全員がそう思っている。

 


「話は変わるが、犯人の動機は分かるか? なぜ魔法学校の生徒を狙ったのかが俺にはどうしてもわからん」


「単なる愉快犯では?」


 リハードがそう言った瞬間、イルモラシアが「いや」と否定の言葉をいれた。


「それにしてはリンゴに含まれていた魔力量に説明がつかん。

 単に生徒を殺すなら、あれの半分の量の魔力でも事足りた。しかし、あれだけの量を入れたのであれば、確実に殺そうとしていたのがわかる。

 食べ物に限らず、物体に魔力を込めるのはとても難しいということは知っているだろう? つまり、犯人は不特定多数ではなく、生徒個人を狙っていたと考えるのが妥当だ」


 イルモラシアがそう長々と説明し終えると、会議室にいる全員が下を俯いて暗い顔をする。

 その場にいる全員が、まず真っ先にイルモラシアの言ったことを思い浮かべ、半ば現実逃避のようにすぐに否定した説だ。

 


 生徒個人を狙った犯行。

 実際、そうとしか言えないのだ。その場にいる全員が生徒の齧ったリンゴの含有魔力量を調べた。


 そして、魔法学校寄り優りの教師全員が冷や汗をかいたほどに、そのリンゴにはとてつもない量の魔力が入っていたことも、分かっていた。


 だが、それでも、まさかリーバルト・ギリアが殺しの対象に入っているとは思いたくなかったのだ。

 

 リーバルト・ギリアは温厚な少年だったと聞いている。

 素行も悪くなく、性格もどちらかというと良い方に傾いている。

 クラスも優秀な児童のみを集めたA-2-3クラスだ。

 将来は優秀な魔術師になることが分かっている生徒、他人からも恨みを持たれることがないであろう生徒。

 そんな彼が、何故に命を狙われているのかが、この場にいる教師陣にはわからない。


「リーバルト・ギリアは一体何をした……? 犯人は何故リーバルトを殺そうとしている……?」


 ダドロは見当もつかないといった様子で声を震わせそう呟く。ダドロだけではない、この場にいる全員が頭を抱えて悩んでいた。


 そして、そのままホーラ魔法学校緊急職員会議は、なんの議論の解決もなく、終わってしまった。

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