第32話 魔人化

「で、体の調子はどう?」


 医務室の先生が僕にそう言った。僕の方を見るその目線はとても温かい。


 僕が医務室で目が覚めてから約3日が経った。

 今はこの先生に検診というか、体に異常が無いかを見てもらっている。


「体は大丈夫です。体は……」


「──排泄は重要な生理活動だ。そこまで恥ずかしがることはない」


 できればそれを言うのを止めてほしい。

 未だにトラウマなのだから。


「それと……まだ力がみなぎってる感じがするのかい?」


 先生がそう聞いてきたので、僕は大きく頷いた。


 僕が目覚めてから約3日間、体から溢れ出る力は一向に弱まる気配がなく、それどころか逆に強まってきているように感じる。

 なんというか、体がおかしいのだ。

 体がおかしくなった原因も大方察しがついている。


 僕はこの3日の間で、直近の記憶を全て取り戻した。

 市場のパン屋でコッペパンを買ったこと、魔石屋でロントくんへのお土産として魔石を買ったこと。

 そして、あの獣人の女性が落としたリンゴを拾ってあげ、おわびに貰ったリンゴを齧ったことを。


 今思えば、あのリンゴに僕を一週間もの間眠らせた原因が入っていたのだろう。

 何故あのうさぎ獣人の女性が、僕にあのリンゴを渡したのかは分からない。だが、とてつもなく大きな目的のような気がしてならないのだ。



「そうかい……。まぁいい。とりあえずこれで検診は終わりだ。

 リハード先生が君に話したいことがあるらしい、教室に行きなさい」


 医務室の先生がそう言ったので、僕は「わかりました」と答えて席を立った。

 そして僕は医務室の扉を開け、リハード先生の待つ教室へと向かう。


「──リハード先生につらい役おしつけちゃったなぁ……」


 僕が医務室の扉を閉めようとした瞬間、そんな声が聞こえた気がした。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「あー、とりあえずお茶でも飲もうか。良い茶葉が手に入ったんだ」


 僕が教室についた瞬間、リハード先生はそんなことを言った。

 まるでやりたくないことから束の間だけ逃れようとするように、リハード先生はお茶の準備をする。


「先生、話ってなんですか?」


 僕が用意されていた席に座ってそう言うと、先生のティーカップにお湯を入れる手がピタッと止まった。

 少しの間、静寂が訪れる。



「…………リーバルト君は、目が覚めてからの違和感……正体は何だと思う?」


 少しの間黙っていた先生が、突如としてそんなことを聞いてきた。

 先生は僕の前に注ぎ終わったお茶を置く。


「さぁ……毒ですか?」


 僕は一番最初に候補に挙がったものを口にだした。

 しかし、先生は僕の答えに違う、と難癖をつけるような表情をした後、僕に言った。


「違和感の正体は……魔力だ」


「魔力?」


 僕は思いがけず復唱してしまった。

 魔力が違和感の正体。僕にはそれがどんな意味を持つのかが理解できなかった。

  

「なんと言っていいか……。君が食べたリンゴ、あれにとてつもない量の魔力が入っていたんだ。常人が摂取したら死ぬレベルのね」


 え? そんなやばいのを僕は食ったの?

 そりゃ一週間も寝たきりになるわけだ。いや、一週間だけで済んだのだから良い方なのか。

 最悪一生寝たきりの可能性だってあったのかもしれないしな。


 ある程度の説明が終わったのだから先生も悩みの種は無くなっただろうと僕は先生の方を見る。

 しかし、何故か先生は未だに暗い顔をしている。


「どうしたんですか先生? 僕が生きてるんだから、そんな暗い顔をしなくてもいいでしょう?」


 僕がそう言うと、先生は「あー」とまたも、なんと言ったら良いか、本当に言っても良いのか、とそのような曖昧な声を発した。


「話はそれだけじゃないんだ。君が常人だったら死んでいた。

 つまり、君は常人じゃない。文字通りに」


 僕が「どういうことですか?」と聞くと、先生は一呼吸を置いて説明し始めた。


「君はもう普通の人間じゃない。

 君の体が大量の魔力に適応してしまって、君は別の人種と言うべきものになってしまった。

 君も聞いたことがあるだろう? 『魔人化』って」


 先生はわざと遠回しにそう言った。

 直接言葉にするのが憚られたんだろう。そりゃそうだ、もし僕が先生の立場だったら、生徒の眼の前で「君は魔人になったんだ」なんて言いたくはない。

 

 魔人化したということは、差別を受ける対象になった、という意味になる。

 街を歩けば石を投げられ、嘲笑され、1回隣国に渡ろうとするだけでも5回は殺されかける。

 フーリアさんからそのような話を聞いて、本でもそのような内容の物を読んだ。


「君はまだ人生は長い。それが良い事か悪い事かはまだ分からないけれど、僕は君に良い未来が訪れることを祈るよ」


 僕がしばらくだんまりとしていたら、先生がそんなことを言って励ましてきた。


「ありがとうございます……」


 魔人化という言葉自体、僕にはあまり馴染みがない。

 実際、今も魔人化してどうなるのだろうかということも、フーリアさんから聞いた話以外では検討もつかない。


 そういえば、魔人化をすると魔力量が増えて、魔法を使う分には役に立つとフーリアさんが言っていたな。

 魔法を使う分には、だが。


「今日から寮に帰れるようになったよ。荷物は既に寝室に移動させているから、今日はゆっくり休みなさい」


 リハード先生はそう言って、僕を寮へと帰す。


 さて、これからはどうしようか。 

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