第29話 彼女のヒミツ

 定期テストも終わり、夏休みが近づいていた。

 そんな最近では、魔法学校の校内を歩いていると、「夏休みどこかいこうぜ!」や「夏休みもうすぐだな」とよく聞くようになった。


「ハーミルくんは夏休みどこ行くの?」


 夏休みの予定を話し合う周りの学生たちの会話を聞いて、僕はとなりに歩いているハーミルくんにそう聞いた。


「そうだなぁ……僕は実家に帰ってみるよ。お父さんから来た手紙でも夏休みぐらいは帰るように言われてたし」


 なるほど、帰省か。

 確かにハーミルくんの家があるフードント街は、馬車を使えば日帰りできるほどには魔法学校に近い。

 すぐに行ける距離にあるのだから、帰省も気軽にできるだろう。


 僕の場合は往復で最低でも20日は掛かるからなぁ。

 家に帰れたとしても数日の滞在しかできないだろう。


「リーバルトは?」


 ハーミルくんは僕にそう聞いた。

 僕は……どうしようか?


「僕は……そのまま寮に留まっとこうかな。別にやりたいこともないしね」


 僕がそう言うと、ハーミルくんは「ふーん」とそこまで興味はなさそうな声を漏らした。

 

 その日は授業を受けた後、ハーミルくんは用事があると言って学校に居残り、ロントくんは魔法の勉強を図書館ですると言って、僕だけが寮に帰ることとなった。

 

 一人虚しく寮に帰るのか……。金もないから市場にも行けないし。

 次の金の配給は10日後、今の現金はフリル銀貨6枚のみ……日本円換算で約6千円だ。

 食事とかの普通の生活をするには申し分ないけれど、とても買い物には使うことができない。

 本当に節約しないとな……。


 その時、僕の視界の端に見慣れた白銀の長髪が見えた。その長髪の持ち主は必死に杖で何かをしている。


 ルラーシアちゃんだ。

 ルラーシアちゃんが誰もいない広場で一人魔法の練習をしている。いつもはフィモラーちゃんと一緒にいるのに、どうしたのだろうか?


「何してるの? こんなところで」


 僕がルラーシアちゃんにそう話しかけると、彼女は突然話しかけられたことに驚いたのか「へっ!?」という声を漏らした。


「な、何もしてないわ」


 なんか怪しいな……。 

 露骨に杖を持ってる右手を背中に隠したし、というか急いで隠したせいか杖の先っぽが左脇から見えてるし。指摘するべきか?


「魔法の練習をしてたの?」


 僕がそう言うと、ルラーシアちゃんはまたも「へっ!?」と変な声を漏らした。


「そ、そうよ。詠唱魔法の練習を……ね?」


 勤勉だなぁ……。

 しかし、なぜか苦笑いをしている。何かを隠しているのだろうか?


 そういえば実技テストのとき、ルラーシアちゃんは基礎魔法のテストを拒否してたな。

 ということは、苦手な基礎魔法の練習をしている姿が恥ずかしくて見られたくないから、こんな人気のない広場で練習しているということか。 


「基礎魔法が苦手なら教えてあげようか?」


 僕がそう言うと、彼女は本日3回目の「へっ!?」という声をあげた。


「べ、別にいいわ! その……申し訳ないし!」


「僕は今日暇だから申し訳なくないよ?」


 というか、この世界で金もなく一人で暇つぶしをするのは虚しいからな。

 暇つぶし目的で基礎魔法を教えたいというのが本音だ。


「その、わ、私は借りを作りたくないし……!」


 なるほど、借りができるのが嫌なのか。


「それじゃあ代わりに詠唱魔法を教えてくれない? そしたら貸し借りはないでしょ?」


 僕はそう言った。ルラーシアちゃんは詠唱魔法が得意だったはずだからな。

 暇つぶしもできて、詠唱魔法も勉強できる、一石二鳥とまではいかないが、普通にお得である。


 しかし、彼女はまだ何かを言いたい様子だ。

 何か嫌われることしたかな……?


「……もういいわ。他の誰にも言わないでよ?」


 するとルラーシアちゃんはため息をついて、何かを諦めたついた様子になった。

 どうしたのだろうか?


「私……基礎魔法は闇属性しか使えないの」


 ルラーシアちゃんはとても悔しそうな顔をしながらそう言った。


 そういえば、フーリアさんに教えてもらったことがある。

 極稀にだが、一つの属性の基礎魔法しか使えない人間がいると。体質的な問題なので、努力すれば別の属性の基礎魔法が使えるわけでも無いらしい。

 しかしそういった人間は、その一つの属性の適性がえげつないらしく、一説では普通の魔術師の10倍はその属性の適性があるらしい。


 素直にすごいと僕は思ったが、どうやらルラーシアちゃんはそうは思っていないらしい。

 何かすごくやるせなさそうだ。


 その様子に、僕はなんと反応すればいいか分からず、「そうなんだ」と取り敢えず答えた。


「じゃあ基礎魔法のテストを断ったのはどんな理由が?」


 僕はルラーシアちゃんにそう言った。

 するとルラーシアちゃんは、

 

「闇属性は不吉な気がして嫌なの。

 光属性の魔法は神様の御力を借りてるって言われてるでしょ?

 じゃあ闇属性は悪魔の力を借りてるんじゃないかなって……」


 と、彼女は心底闇属性の魔法を嫌っているように言った。


 確かに、そのような説はある。

 光属性の魔法は、神の力を模倣しているもので神聖な魔法であり、闇属性の魔法は逆に悪魔の力を模倣しているので、穢らわしき魔法であると。

 しかし、その説は各国の著名な魔術師が否定していたはずだ。


「闇属性は不吉じゃないと思うけど……」


「貴方がそう思ってるだけで、私にとっては不吉なのよ」


 どうやら相当闇属性の魔法が嫌いらしい。

 

「でも、それだとずっと基礎魔法の実技テストは0点のままだよ」


 僕がそう言うと、ルラーシアちゃんは痛いところを突かれたようで、「それは……」と口ごもってしまった。


 魔法学校には留年がある。

 一年の間に3回行われる定期テストのなかで、3回とも0点を取った教科があるのなら、その人間は留年することになる。

 魔法学校は、日本の義務教育学校のように基本留年がない学校ではないのだ。

 

 このままルラーシアちゃんが基礎魔法のテストを拒み続けるのであれば、彼女は留年まっしぐらだ。


「それは……貴方も同じでしょう?」


 ルラーシアちゃんは僕の目をジッとみてそう言った。

 そういえば、僕も人の事は言えなかったな……。


「別に魔法を教えてもらわなくてもいいわ。それじゃあ」


 彼女はそう言って、スタスタと女子寮の方へ歩いていってしまった。


 怒らせてしまったな……。

 明日菓子折り持って謝りに行こうか。

 一日の食事を抜けば、お菓子を買うことぐらいはできるだろう。

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