第25話 奴隷店

 薄暗い雰囲気。

 鼻につく糞便と吐瀉物の刺激臭。

 何かが獣のように鳴き叫んでいる不快音。


 五感のうちの三つが、真っ先にそれらを感知した。

 今すぐにでも吐きたいという思いを僕は抱く。

 これはひどい。


「やあやや、お客さん。何が目的でしょうか?

 奴隷を買いに来た? それとも奴隷になりに来た? はたまた冷やかしでしょうか?」


 ハーミルくんと僕の前に、下卑た笑みを浮かべている中年の男がいた。

 ハット帽子を被っていて、目元は派手なサングラスで隠している。絵本の世界で見るようなアンダーグラウンド人間だ。


「冷やかしです」


 ハーミルくんがそう言うと、男は「はっはっは! こりゃお強い」と高らかに笑う。


 おしっこちびりそう……。


「申し遅れました。わたくしはこの【奴隷舗】の主人をしております。フィンドフィンドと言います。偽名ですがね」


 男はそう言って、カァーカッカと耳障りな程の高い声で笑った。

 偽名、ということはやはり違法的な仕事なのだろうか? 恰好も身バレを防いでるように見えるし……。


「偽名ってことは何かまずいことがあるんですか?」


 僕は恐る恐る男に聞くと、男はまたもや高らかな笑い声をあげた。


「いえいえ、これは単なる恰好つけですよ! このような接客をすれば、お客様も喜んでくれますから」


 なるほど、ただのサービスというわけか。

 それでも十分に怖いが。


 ハーミルくんの様子と、この店の位置のことを考えると、どうやら奴隷売買というものは別に違法というわけではなさそうだ。

 この世界では奴隷売買は普通のことなのだろう。


「では、案内をしましょう」


 男はそう言って店の奥の方を指した。

 男が指した店の奥からは、前述した通りの暗い雰囲気、臭い、奇声の3つの異常が起こっている。

 僕はなぜだか知らないが、足がブルブルと震え始めた。

 ふとハーミルくんの方を見てみると、彼も若干震えている。


「大丈夫?」


 僕はハーミルくんにそう聞いた。


「大丈夫、怖くも何とも無いよ」


 そうハーミルくんは強がってそう答えたが、身体は正直なようで、やはり小刻みに震えている。

 

「お二人とも奴隷店は初めてのようですね。身体が震えて恐怖感が拭えない様子だ」


 男は薄気味悪い笑みを顔に浮かべながら、そのように言った。その笑みを浮かべている男の姿はまるで妖怪のようにも見える。


「ご安心を。奴隷は主人に抗えませんし、お客様には触れることさえ叶いません」


 男は先程の耳障りなほどの高い声とは打って変わって、落ち着いた低い声でそう言った。

 安心させようとしてくれているのか、はたまたサービスの一環なのか、僕にはよく分からない。


「まず、戦争捕虜だった奴隷。こいつらは国が処分に困っていたので、私が格安で国から買ったんですよ。なのでフリル金貨20枚から40枚が相場です」


 そう説明している男の両横から視界の届く奥のほうまで檻があり、檻の中には卑しそうに僕を見る、痩せこけた奴隷たちがいた。

 

「みぅ……みず、みずを、くれぇ」


 喉が枯れた様子で奴隷の一人がそう喋った。

 僕は、基礎魔法で水球を作ろうとして、ハーミルくんから止められる。


「一人に水をあげたら、他の人間も水を欲しがるよ。そうしたら際限なくなっちゃう」


 ハーミルくんがそう言うと、奴隷店の主人の男が「貴方様はよく分かっておいでで」と言った。

 男はさらに店の奥を進み続ける。


「次は獣人の奴隷です」


 どうやらこの店は人間の種類で奴隷の場所を振り分けているらしい。

 

 ある檻をさかいに、鋼鉄製の檻から、鉄よりも硬そうな謎の金属でできている檻に変わった。


「この檻から素材の材質が変わってますね」


 僕がそう言うと、主人の男はまたもや薄ら笑いを浮かべながら「気づきましたか」と言った。


「獣人は皆、我々のような普通人間より遥かに力が強いのです。なのでドワーフの作ったこの特殊な金属でできた固い檻で閉じ込めてるんですよ」


 男は「コレがまた高いんです」と恨めしそうにそう言って、檻の横を闊歩していった。

 檻の中には、筋肉質な狼の姿をした獣人や、うさぎのような見た目の獣人もいる。

 中にはまだ10歳にもなっていない子供も、そこにはいた。

 

「……」


 僕が思っている事が顔に出ていたのだろう。主人の男が僕の方を見て話しかけてきた。


「子供の奴隷は特段珍しくありません。この国は孤児が多いですし、獣人は差別もされていますからね。

 でも、お客様に買い取られた獣人の子供奴隷の中には、幸せそうな人生を送っている者もおりますよ」


 男は、僕にそう優しい声で話しかけてきた。

 


「次は普通人間と獣人のハーフです」


 主人の男がそう言うと、檻の中にはいわゆるケモ耳、尻尾のついた僕たちによく似ている人間がいた。

 半獣人と言えばいいのだろうか、漫画や小説の世界で見るような光景がそこには転がっていた。


「普通人間と獣人のハーフは数が少ないですから、相場はフリル金貨100枚からですね」


 100枚から、ということはピンからキリまでの価値があるのだろう。

 半獣人たちは獣人や普通の人間の奴隷とは違って、比較的健康な体つきをしている。大切にされているのだろう。


 猫耳、犬耳、ウサギ耳、色々な種類の半獣人の奴隷たちがそこにはいる。

 そして、そこには当然の如く、とんでもない値段で売られている子供の奴隷もいた。


 月にフリル金貨10枚稼いだとして……何十年掛ければ買えるようになるんだ……?



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「どうでしたか? いい経験になったでしょう?」


 主人の男が店の入口付近で僕たちにそう問いかけた。

 確かにいい経験にはなったが、思ったよりも暗い内容で胃もたれしそうだ。


「ま、まぁ……」


 ハーミルくんは苦笑いを浮かべて男にそう言った。

 いつの間にか僕たちの震えは収まっている。

 

 すると、男が最後に僕たちに言った。


「奴隷舗は週6で開いてますので、いつでも来てください。未来のお得意様方」


 男はそう言って、気持ち悪い笑顔をして、僕たちを見送った。


 最後にとんでもないことを言っていた気がしたが、気のせいだろう。そう信じたい。そう信じさせて……。

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