第24話 市場

 僕はフーリアさんの現状を知りたがっているリハード先生に、それを教えた。

 


「そうか……あの子も魔術師だもんな……」


 リハード先生は残念と心配を足して割ったような表情をしてそう呟いた。

 教え子が戦争に行くというのは、この先生といえど悲しいことらしい。


「つらいことを言わせてしまったね」


 先生は僕の右肩を優しく掴んでそう言った。

 つらいのは先生だって同じはずなのに。


「僕、やっぱり戦争って嫌いです」


 僕がそう言うと先生は何も言わずに、黙って頷いてくれた。


 ハーミルくんは状況をよく理解していないのか、しんみりとしてしまっている空気に困惑している。


 しかし、それでも茶々を入れることなく大人しくしているので、本当にいい子なのだろうと僕は思った。


「今日は寮に帰りなさい、僕はこれからも仕事があるから」


 リハード先生は僕たちにそう言って、自身の研究室の方へと向かっていった。


 最近の先生は、光属性魔法の研究に白熱している。

 彼いわく、光属性魔法には色々な不明な点があって、それを調べるのがとても楽しいらしい。


 僕たちにとっての休日も、先生は仕事(半分趣味であるかもしれないが……)であることを考えると、僕は前世のブラック企業に働いていた自分の事を思い出してしまった。


 休日出勤の昼休み、昼飯を食べに行っていた時に見た、あのカップルの幸せそうな顔ときたら……。


「どうする……?」


 ハーミルくんは僕の顔色を伺いながらそう言った。

 どうやら僕の考えていたことが顔に出ていたようだ。

 彼なりに僕の心を疲れさせないように接してくれているのだろう。


「市場の方に行こう。まだ支給金残ってるでしょ?」


 僕は明るく振る舞ってそう言った。


 支給金とは、僕たちのように卒業者推薦で合格した生徒に、魔法学校側がフリル金貨を毎月3枚寄越してくれる制度の事だ。

 僕みたいなお金のない家庭にとっては、とても有り難い制度である。


「そうだね。じゃあ一回寮に戻って準備をしてこようか」


 ハーミルくんはそう言って、寮の方へ向かっていったので、僕もそれについて行く。

 彼は市場に行くのに必要な物を全て僕に説明してくれた。

 ハーミルくんは、僕が前回何も持たずに市場に行ったことを後悔してるらしく、事細かに「これは絶対に必要だよ!」と説明してくる。


 まあ、持っていくものは全て手持ちにあるんだけれども。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 街の市場につくと、そこは人で賑わっていた。

 辺りにはどこかの屋台から出ている肉を焼いている香ばしい匂いが漂っていて、思わずよだれが出そうになった。

 

 すると、ハーミルくんの方から腹の虫が鳴る音がした。

 僕はハーミルくんの方を向くと、彼は恥ずかしそうな顔をしながら、「ちょっと何か買おうか……」と言った。


 

 僕たちはフリル銅貨2枚で買った、肉を挟んだだけのパンを口いっぱいに頬張った。

 ホットドックとも言えない、ハンバーガーとも言えない、微妙な形だ。


 僕は財布の中身を確認した。

 残りの金はフリル金貨1枚と銀貨13枚、それに銅貨が少しあるだけだ。

 まだ月が変わってからそこまで経っていないから、節約しないとまずいな。

 寮の食堂の食べ物も無料ではないし……。あと日用品も買い足さなくては……。


 隣ではハーミルくんが美味しそうにパンを食べている。

 食べる子はよく育つ。僕はまだ3分の1も食べていないパンの半分をちぎり、口をつけていない方をハーミルくんにあげた。


「いいの!?」


「いいよ、僕あまりお腹空いてないから」


 僕がそう言うと、ハーミルくんは嬉しそうな顔をして、ありがとう! と言って、両手にパンを抱えた。

 とても幸せそうな表情だ。

 僕は小さくなったパンを口いっぱいに頬張り、よく噛んで飲み込んだ。


 僕たちは石でできたベンチに座っていると、僕はふとある小屋に目がいった。


 小屋全体にはカーテンのような物が掛けられていて、中は薄暗くてよく見えない。

 外には看板も置いてあるが、見たことのない単語が書かれているので、何を売りに出しているかがよくわからないのだ。


「あの店って何?」


 僕が正体不明の店に指を差してそう言うと、ハーミルくんが指を差した方を見て言った。


「あれは……奴隷店だね」


 うわぁ、ちょっとまずいの見ちゃったよ……。


「最近じゃ、敵国の捕虜が奴隷になっていて、それなりに安いらしいよ。それでも僕らにとってはかなり高いけど」


 ハーミルくんがパンを飲み込んでからそう言った。

 

 ……そうだよな、ここ異世界なんだもんな。現代の日本のように奴隷ダメ! みたいな空気じゃないもんな。

 それでも、普通の店のように市場の表にどっしりと構えていいものなのか……?

 

 僕はそう思いながら、異世界の倫理感に馴染めるのかが心配になってきた。


「試しに入ってみる?」


 ハーミルくんが僕の渡していた分のパンを全て飲み込むと、奴隷店の方を指さして僕にそう言った。

 ……350mlペットボトルぐらいのサイズのパンを、5分も掛からずに食ったのか……。


「う……うん……」


 僕は単純な好奇心と、怖いもの見たさでそう言う。

 ハーミルくんは僕の回答を聞くと、ゆっくりと奴隷店の方へと向かい、僕はそれについていった。


 あとで先生に怒られたりしないよな……?

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