第4話 恩師

 母さんがお手伝いさんを雇うと言ってからだいたい一ヶ月が経った。

 

 母さんがそう言った翌日に、父さんは街の方まで出掛けて行って求人を出したそうだ。




【急募!!】 

 朝昼晩三食あり住み込みでの子供の家庭教師を募集中。

 給与毎月金貨一枚。

 子供に教えるのは、簡単な計算と読み書き、魔法について。

 場所はミリシス領スーリア村第9住居。

 ※一名のみの募集となっております。




 と、書いた紙をギルドまで張りにいったそうだ。

 どうやらお手伝いさんを雇う名目は、俺の家庭教師ということにしたらしい。

 そして、受理されたのは父さんがギルドに依頼した翌日。

 父さんいわく、ギルドに依頼してから翌日に受理されることはかなり珍しく、子供の家庭教師の仕事となると、半年待っても全然受理されないなんて事がザラにあるそうだ。

 

 そして今日がその家庭教師の先生が来る日である。

 どんな先生が来るのかと母さんに聞いていみると、おそらく生活に困っている老人が来ることが多いらしい。

 まあ住み込みの仕事で、しかも給与として金貨一枚貰えるというのだから、そのような老人たちが目をつけない理由はないだろう。


 因みに、金貨一枚は、街で八百屋や肉屋で働いている人間が月に貰える給料と同じで、いわゆる平均給料ど真ん中の金額という事だ。


 コンコン。

 玄関からノックする音が聞こえた。

 

「はーい」


 母さんが席から立ち上がり、玄関に向かう。それに続くように俺と父さんが椅子から立ち上がり、母さんの後ろに立った。

 そして、母さんは玄関の扉を開いて、母さんの動作が一瞬だけ止まった。


「本日からリーバルトくんの家庭教師をさせてもらいます。フーリア・ミーリアと言います」


 キビッとしたお辞儀をされた。

 家の前の玄関に立っている人物は、茶色のローブを着た女性で、ポニーテールの赤い髪が特徴的であり、左手には大きなバッグを、右手には大きな杖を持っている。

 杖の先には青い宝石のような物がついており、みるからに高価であることがわかる。


 そして、その人物に一番驚いたのは、身体的特徴だ。

 見た目で推定するなら6歳前後だろうか? 少なくとも、今の俺と同じぐらいの身長である。


 母さんも父さんも驚いており、開いた口が塞がらないようだ。


「あの……大丈夫でしょうか?」


 二人の様子にすこし心配になったのか、フーリアさんが両親にそう問いかける。


「あ、ああ! ごめんなさいね、こんなに小さいとは思わなくて……」


 母さんがそう言うと、フーリアさんはムッとした。

 どうやら小さいという言葉は、この人にとっての禁句らしい。


「魔力の暴走のせいで6歳の頃から身体が成長しなくなりました。これでも国の魔法学校をでていますし、立派な大人でもありますよ!」


 フフーン! と効果音がつきそうなほどにドヤっている。

 しかし、見た目が小学生低学年ぐらいなので、威厳のかけらもなく、ただただちっこくて可愛いなとしか思えない。


「と、とりあえず、家の中に入ってください」


 父さんが少し戸惑いながらも、フーリアさんを家の中に入れた。

 

「エリカ、なんか思ってたのと違うんだけど、本当に大丈夫か……?」


「私に言われてもわからないわよ……あの人が言っている事が本当ならまぁ……」


 父さんと母さんがフーリアさんに聞こえないぐらいの声量で、こそこそと話している。


「あ、一応これが魔法大学を出た証です。これをみてくれたら少しは信じてもらえるでしょう?」


 そう言って、フーリアさんは着ているローブの内側からバッジのようなものを取り出した。

 そのバッジには、二頭の金色の竜が勾玉のように交わっている様子が彫られている。


「こりゃあ、すごいな」


 父さんが驚いているので、結構すごい代物なんだろう。どれくらいすごいかはわからないが。


「信じてもらえましたか?」


 フーリアさんがそう言うと、父さんと母さんは一緒にコクコクと頷いた。


「しかし、なんでまたうちみたいなところに? 君ならもうちょっと良い所で稼げるだろうに」


 父さんがそう言うと、フーリアさんはどこか虚ろな目をして、部屋の角をじっと見つめ始めた。


「私もそう思って色々な所を回りましたが、そのほとんどが『見た目若すぎてムリ』で断られました」


 目に光がない……。

 見た目が原因で次々と就職に失敗しているフーリアさんの姿が、不思議なほどありありと脳裏に浮かぶ……。


「ま、まあ私達はそんなことでは、あなたを解雇したりはしないわ! ……多分」


 母さん、最後の一言が余計ですよ。


 しかし、その言葉がフーリアさんにとっては、砂漠で見つけたオアシスのようなものだったのか、大変嬉しそうにしている。

 本人が幸せそうなら、まあいいか。


「それで、お子さんにものを教える範囲なんですけど……」


 フーリアさんが父さんと母さんの方を見つめなおして、そう言った。

 その姿で『お子さん』と言われると、少し違和感がある。仕方がないけれど。


「とりあえず最低限の計算能力と語学能力、魔法能力を身につけさせれば、あとは自由にしてもらっていいいわ」


 母さんがそう言うと、フーリアさんは「はい、わかりました」とだけ言って、俺の方を向いた。


「じゃあ早速、算数をしましょうか」


 フーリアさんはそう言って、バッグの中から紙と羽ペンをとりだした。

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