第35話 |奈落《アビス》深部
地下に入ると穴自体は巨大であり、とくに隊列を意識する必要もなく、天井も身長の5倍ほどある。
両手用の武器を不自由なく振り回せる。
魔力温存というが、ベルの鈴の音を聴くだけで、幻獣は大抵は距離を置き逃げた。魔性石が自分自身の防御のために産んだ物、近づかなければ攻撃はしない。
冒険者が金になる魔性石を取りに行き、幻獣が防衛して、さらにそれらを倒して魔石にして持ち帰る。
だいたいそのサイクルである。
時々、何を思ったのか襲ってくる奴がいたが、ジオンが全部倒した。
今回も魔石を手に戻ってくる。
「本当に先駆けされていたんだ」
「1番強かったですから」
ヨハンの問いにベルが答えた。
「ジオン殿の父モア様とはどんな方でしたか」
「情報機関的に言うと『スパイは殺しても構わないが
情報機関はアルテシア女王に情報を上げてますがモア様の考えで動いてます。
知る人は怖がります」
「彼が300年前、軍の指揮をとっていれば、オークが立てこもる砦に
「過去の失敗をあげつらうのは簡単ですが、それを選択せざる得なかった過去の事情を全て学ぶことが、全ての過去に対する正しい態度。
タラ、レバは過去を見るのに残酷な態度かと」
「アナタの言われる事は正しい。
過去の人にはタダ鎮魂あるのみ。
でもオークの生き残りがいるとしたら、彼等は民族の誇りと失敗をどう学べばいい?」
ジオンが魔石をベルに渡した。
「暗黒魔道士が生き残りを匿っているという噂は本当だったんですか?」
「オークはシベリアで生きてます。
彼らの言う勇気のない、恐怖を感じたものか落ち延びて、隠れ里を作ったのです
彼らも敗北が謙虚にさせました
何故負けたのか研究したのです
苦しみは生まれ変わるチャンスなのです、必ずしも死ななくても変われる人は変われるのです」
「最後のオークが死んだと言っていたぞ」
ジオンが割ってはいる。
「行き残ったオークが志を立てれば、集合体としての魂全体が高次元のステージに
共感力を持った光として輝くのです。
最後のオークが死んだのは魂が先祖帰りした、追放された個体がどこかで生き絶えた。
人間にも反社会的で魂を汚して堕ちる人がいる、ただそれだけです」
「私も旧約聖書と普及用の新訳聖書は王子に読み聞かされました。
新訳聖書は守護霊は導いて、地上の楽園を創造する使命を帯びている。弱者が餓える事の無い、神と法の下の平等、権利意識の強い義務なき自由。
ただ旧約聖書は神代文字で書かれてますし、降臨した女神ソフィアの行いや弟子との
「民間伝承が色々でてきて、降誕の地だけで30近くあったから、新訳を造るに一つの物語を作る公会議を主導したのは親父だからな。
異端認定が教皇の気分でいい加減すぎたのもある。
血縁者による魂の循環より、魂の混ざり合い巨大な輪廻転生に重きを置いた。
『七つの大罪』と『魂の救済』のみを軸に各教区の司祭がいい加減に宗教裁判して
誰もが新訳聖書を読めるようになって新教と旧教に分裂したがな」
「分裂ですか?
信仰の自由以上の自由を求めるには責任が伴うでしょう。
権利に義務が伴うように。
まして大いなる力には大いなる義務と責任があるかと…」
「何に対してだ。
権力と民衆の話か。
大いなる力や権力は大いなる目的や野望にのみ使われているのが実状だ。
憎しみの意味も分からない理由なき力。
『暴力』に満ちている。
アルテシアが言っていた『輪廻転生は人の最期の希望、苦しい人生に魂の修行と意味を見いだす、誰かに必要とされる。情熱の行き着くところ
例え奴隷や亜人といえど希望まで奪ってはいけない。
人は希望さえあれは、死ななくても何度でも生まれ変われる』政治が守るべき物。
『パンとサーカス』の統治力学だけではいけないと。
だが力は希望などない、何の意味も持ち合わせていない」
「ジオン王子、それでも
やがて産まれくる命と今、次の時代を担う成長し続ける子供達のために」
「ジオン殿、かつてオークの社会は強い個体を作る、そしてそれらが支配して強い文明を作る。
だが失敗に終わりました」
「俺個人は支配による抑圧より、自由と多様性を尊重してきたが、どの社会にも一定数以上『強権的な強いリーダーが存在しないと社会が安定しない』考える人がいる。
人の弱さだと思うが否定できない事実だ」
「多様性の果てに皆が権利を尊重される社会ですか…。
それは理想ですが、暗黒魔道士連合を見る限り行き過ぎた自由と多様性の果て、弱者を排除しない社会を作るつもりが強い種の選抜飼育につながったと思いますよ。
新社会構造環境の中での最適応者達による独占をめぐるの無法地帯と化してますょ。
自由により力は独占され収奪へと変わる」
「親父が言っていた。
国家や集団より金融の世界は更に大義ない。
金儲けの為に投機を行い、株や土地や商品はあがる。
値上がりすることを見込んで更に金が集中するから需要が過多になり、更に価値があがり続けると錯覚する。
そして増産がはじまり供給が過剰になり、購買力も限界に達しクラッシュしてしまう。
多くの人が貯めていた財産を失い路頭にまよう。
国家は二度とこういう事が起きないよう規制する。
親父には戦時下で統制経済をやり遂げた自信があったし、戦争中は国家が金を使うし、軍事商品はどんどん消費されるからインフレになる。
軍事関連会社を軸に好景気になる。
戦争経済。
大量殺戮兵器もないから人口も適度に減る。
高い税金でもインフレの中では配給制度の方がありがたい。
特に占領地域では物質不足のハイパーインフレがおき、闇市場が立ち並び、食べられない金貨より物々交換が横行する。
だが平和になるとデフレになる。
人口の増加量に対して(白魔法の普及で乳幼児の死亡率は驚くほど低くなった)、金銀などの鉱物採掘量と貨幣の鋳造量が足りてない。
(国家が紙幣を増産したり、国債価格の金利や貸し出し金利の調整などは最近の話。お札はやっと金の預かり業者が『金1Kgと交換します』と預かり証の魔法契約書がでた所)
人は創意工夫や仕事に慣れ、機械化において、生産力はだんだんと上がってくる。
供給過剰、需給不足になり、商品を安くしないと売れない、企業は更に安く売るためコストカットが求められる。
給料を下げるか人員整理と言うなのクビきり。
原材料費も下がる。
経済は更に停滞する。
デフレスパイラルにおちいる
安くなるだけならともかく、教会の
自身に起こった不遇と将来への不安と現状の不満から誰かのせいにできる過激思想や陰謀論にハマる。
家族から人々へ、地域民族から国家集団から帝国へとの大規模な集団を親父は目指したが現状は細分化、小集団化していく。
親父はデフレ退治の新たな価値ある商品を作った。
金貨をそのまま持って置く蓄財はデフレ下では価値があがる、それらを吐き出させねば経済は回らない。誰もが欲しがる商品を造らないと。
それまで細工物が主流だったファッションにカットされた宝石を加えた。
工房が主流だった芸術に、個人で制作できるよう、強い画用紙に化学を主体とした絵の具を普及させて小さな絵画をたくさん作った。
それが宗教画から人物画への移行した。
マジックアイテムの元になったり、抽出して作った白い霧を思わせる液体
徴兵制の元になる児童の義務教育を導入して読み書きそろばんができるようにして沢山の出版物を発行した。
治金技術が上がり鉄から鋼や軟鉄を作り、爆圧に耐えられるようになり、幅広い青銅に覆われた大砲から小銃を作り、蒸気圧に耐えられるようになり蒸気機関を作った。
通貨以外の万人が認める新しい価値を創造したがデフレ退治には至らなかった。
親父にできるのは減税だった。
増税すれば税収が増えるものではない。
鉱物資源を掘って売る。
プランテーションで単一の物を作って売る。
と言った増産すれば税収が上がる。
自由経済圏においてはある程度の減税が経済の好循環を呼び好景気になり税収は増える。
バランスが大事だと。
減税しすぎても税収は減る。
増税しすぎても飢饉で人が死に、暴力政治では人は逃げ出し難民となり税収は減る。
親父にできるのは規制緩和だった。
バブルがはじけて、高騰した物価は下げ止まり、利息を払う為、価値が低くなった資産を売却して借金だけが残った家庭も、奴隷になるなり一家心中するなりして、誰もが損して返済は済んだ。
規制緩和により
親父にできるのは財政出動だった。
(この時代福祉政策はない。年金や保険が充実してくるのは共産主義の脅威を目の当たりにしてである。
常備兵を導入したモアでさえ未亡人にたいする遺族年金は5年と区切っていた。
その間に新しい男を捕まえてくれ、
福祉の概念は家族、親族、教会の仕事だった)
平和時は戦時国債の返済の概念だけでなく、新たに建設国債を発行し、各地のインフラを整備して植民都市をつなぎ市場は広がり続けた。
戦争が終了したアルテシアなどカステラヤ魔法王国から手にしたスエズに大型公共投資で運河を建設し始めた。
そうすると景気は過熱する。
不動産がまず上がり始める。
親父が旧教に利子を認めさせた事で資本が集中する。知財や特許権の保護、先行者利益が膨大になり、富国強兵どころか格差拡大、分断を産んだ。
親父は国が富めば、資産家が富めば、
格差を広げただけだった。
物価が上がりだしインフレになる。
しかし好景気になれば産業は活性化し、作るために人手不足となり給料はあがる。
インフレになれば資産家は金貨のまま所有しても物の値段が上がり実質目減りする。
資産家が値上がりが見込める株式や不動産に
懐が温まれば増税が始まる。
一般民衆まで値上がりを見込んで。株や不動産に貯蓄のつもりで手を出す。
給料の増加より物価の値段が上がりだす。
国が慌てて規制をかけると、靴磨きまで株をやれば儲かるなんて言っていた株からクラッシュがおきる。
(この時代、国家に
国家が民衆の悲劇を見て規制を強めるとデフレが始まり国民はバラバラになる。
15年に及ぶ戦争経済が終了し、デフレ危機をアルテシアは仮想敵国や
そのサイクルから資本主義は逃れられない」
モアが一時期夢見た共産主義はどうだったか。
どれだけ働いても金持ちになれない
労働者による平等な社会は、共産党と言うエリート集団を産み、ただ党首の寵愛を争い、一度疑われると失墜するだけでなく闇から闇へと葬られた。
党を批判しようなら反乱分子として、秘密警察に捕えられ拷問され、密告は奨励され、善悪や価値の分からない子供が両親を売った例は枚挙すればキリがない。
各家に一個は盗聴器が仕掛けられ、街中は監視カメラが張り巡らされ個人の行動は特定された。
一つの
自由な発想と競争がないから技術革新はおきず、自由主義社会のパクリや劣化コピーを基礎技術を育てないまま、奴隷労働と
計画経済が鉄を使えと言えば、誰もが不自由な分厚い重いロッカーが作られて、
信仰の自由どころか
戦争技術の遅れを、軍事スパイや産業スパイにやっきになり、終いには脳をいじり国家の言われるまま働き、戦って死ぬロボットになり、人口計画のままセックスと堕胎を繰り返し、産まれた子供達は腐敗した官僚のオモチャにならねば人間らしくどころか人間として生きられない。
モアは権威主義体制に成り果てた理想の現実を見て愕然とした。
この時代の人達はそんな未来は知らない。
ベルは呑気に「あるものを皆で分け合って仲良く暮らせたらいいのですけどね」
「往くも地獄、退くも地獄。
なんかジオン殿の話を聞いていると、人の幸せはバブルの一時期しかないように聞こえますなあ」
「経済人なんて金の亡者、その欲望に限界はなく、金の為なら、妻を売り、子を殺す。
「個人にとってお金が全てでない人は大勢いますわ。
パンのみにて生きるにあらず」
「生きるのにも、子育てするのにも、ある程度の金が必要だし、国家も永久に続く為には次世代の準備をしなきゃいけない」
「王子は大きくなっても恋愛は疎いですね。
誰も国家繁栄の為に恋愛したり結婚したりするのではありません。
結果論であって、皆、幸せを探す迷い人なんです。
ヨハンさんだって悪魔と結婚されたのでしょう」
「結婚したのはサロメでないんですょ。
妻が死んだんですけどお腹に子供がいたんです。
死ぬべき運命の子を私のエゴで妻の魂を
「それは悪魔の子になるのでわ。
妊婦が
「ええ、そうです。
朴訥なソフィアの信徒の子供と違って暗黒魔導士の子供なんて曰くつきが多いのです。
特にイジメは受けてないみたいだし、仲の良い幼馴染もできたようです。
今はそちらの家庭に預けています。
成長してサロメのような角が生えてきました。
サロメも出産を経験して他のサキュバスとは違う思考を持ってます。
今では私の妻として振る舞っています。
若い他の男の子と寝れば簡単に魔力やエネルギーを補給できるでしょうに。
変われる人は悪魔でも変われるんです」
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