第32話 初恋の|女《ヒト》

 案内募集の書類をだして3日たった。

 ジオンは朝目が覚めるとルナは既におきていた。

 この間の疲れや寝不足は取れていた。

 ルナと共に着替えて1階へ降りていくとチムチムとメリルが座っている。

 ジオンとルナが「おはよう」と言いながら座ると食事がでてくる。

 保存用の2度焼きしたビスケットのような堅パンと、小麦をお湯で溶かしたオートミール。

 そして一杯の水。

 メリルはエール酒

 水の精霊ウィンディーネの精霊籠が普及するまで真水より酒の方が安かった。

 牛乳などが流通するのは高温殺菌と冷蔵庫のインフラが整ってから、コーヒー、砂糖なども三角貿易が確立するまで嗜好品である。

 やっと島国ヴァレンシアが新大陸に暗黒大陸かは奴隷を連れてきて、新大陸からソフィア正教圏に砂糖やコーヒーを運んで、ソフィア正教圏から銃や工業製品を暗黒大陸やその他の植民地に売り捌くというのが始まったばかり、内陸の庶民が口にするのは更に鉄道網が整備されてからであり、プランテーションではアンデットと奴隷による設備の24時間稼働が始まったばかり。

 これがこの辺の一般的な食事。

 暖かい物がでてくるだけマシ。

 堅パンをちぎってスープに浸してからたべる。

 のどにひっかかれば胸を叩いて水で流し込む。

 伝書鳩がジオン達が座っている窓を口ばしでつつく。

 冒険者ギルドが飼っている伝書鳩は速いだけでなく賢い。地図の場所に手紙を投下したり、人を探し出して手渡したりなど、帰巣本能だけでなくかなり魔法的に改良されている。

 ジオンは筒を受け取り手紙をだした。

「なんて書いてあるの?」

「受付嬢からだ。

 案内人の募集に応募があった。

 今日の午後2時から面接したいそうだ」

「分かったと伝えておいてくれ」

 しゃべらないにしてもYESかNOかが分かるぐらい冒険者の鳩は賢い。

 直ぐに飛び上がって行く。

「あなた1人で面接するの?」

「昔将軍をやっていたから人を見る目はあるさ」

「私も行くわ、相性の問題ょ、あなたは能力だけで選びそう」

「キチンと人格まで見るさ、メリルの眼鏡にかなうのは難しそうだ」

「我も行くゾナ、マジックアイテムは防御の魔法がかかっているから、見張りはルナだけで十分ゾナ」

「お前、何しに行くんだょ」

「もちろん…、なんでだろう。

 着いて行くゾナ。

 2人きりでデートなんてずるいゾナ」

「分かった、分かった。

 静かにしていろょ」

 食事が終わるとジオンはマルスの世話をした。

 他の馬は街に入った後、馬貸しギルドに返還した。

 必要になったら又借りればいい。

 メリルは斧の訓練に入った。

 最後に頼れるのは自分自身である。

 チムチムが相手を努めたがミスリル棍で軽くあしらっている。

 ルナは先に買い物にだした。

 出かける前に肉を食ってこい。

 マルスのブッラシングを終えたジオンは2人の面倒をみてアドバイスを送る傍らで、素振り、血振り、納刀など一連の動作を確認している。

 ルナが食べ物を買って帰ってきたあと、3人は冒険者ギルドに向かった。

 途中で屋台によって腸詰や野菜など好きな物を注文して挟める、小麦をねった生地をたべた。

 この時代の流通を考えれば、コーヒーショップや喫茶店などない。ろばたで店を広げるのが一般的。

 ひとごこちつくと、約束の時間が近くなったから冒険者ギルドに向かった。

 ギルドに入りいつもの受付嬢に声をかけた。

「面接の人は来ているのかな」

「はい、すでに到着しております。

 内密にお話しがしたいとのことです。

 2階の応接室にてお待ちになっておられます」

 カウンターからでて「コチラです」と案内を始め2階の奥の部屋に着くと扉を開けた。

「ジオン様一行をお連れしました」

 一礼するとカウンターへと帰っていく。

 3人いて直立不動になった。

 真ん中のリーダー格の少女。

 身長はメリルよりやや高い程度、イカ腹体型のメリルと違って痩せてスレンダーな体型をしている。

 赤のワンピースに白いブラウスに各種装飾品を身につけているが、最大の特長は黒い布で目隠しをしている。

 左手には小さな金色のベルを手にしている。

 後ろには鉄の胸当てだけをした女軽戦士と左手にマジックミサイルを発射するマジックアイテムのクロスボウを左手に装着したリザードマンが立っていた。

「ベル。久しぶりだな」

 ジオンが答えた。

 少女達は深く一礼した。

「ジオン王子。

 その声を聞き違えるはずがありません。

 お懐かしゅうございます」

「まあ、なんだ。

 立ち話もなんだから座れょ」

 ジオンは席を進めながら、座った。

 リン。

 ベルがなる。

 音が反響して物体の形や位置が分かる、コウモリやイルカが使うエコーロケーションを目の前の少女が使った。

「聖女伝説」

 神々の戦い。

 唯一の女神ソフィアに反逆した。

 悪魔、旧支配者、宇宙的神々コズミックゴッドズ

 そして教えに背いた、ルシフェルからルシファーに名を変えた大天使に率いられ戦った、光の翼から漆黒の翼に変わった堕天使達。

 人間と交わって産まれた娘は制約で恩寵エイラーンを得ることがなく、魔力や疲労や精神力や体力を使って白魔法を使うことができた。

 闇の聖女と呼ばれる、もちろんソフィアの信徒からは魔女と呼ばれて、本来ならアンデットにダメージを与えるキュア系の魔法でスケルトンやヴァンパイヤを癒す事ができた。

 それとは別に使命を帯びて下天した天使が人間と交わって生まれた娘は(この場合の天使も堕天使とされ翼は黒くならないが白魔法は使えなくなる) 処女であれば入信して制約を行えば恩寵エイラーンはもらえた。魔力や疲労や精神力や体力を使って白魔法を使うことができた。

 光の聖女と呼ばれた。

 だがアンデットを癒すことは出来なかった。

 

 同時に光を召しいていた。

 それは眼球や網膜の障害ではなく視神経から脳へ送られる欠如で人工眼球に変えても効果は無かった。

 だが舌打ちやわずかな水滴の音の反響でエコーロケーションを獲得していて色が分からないレベルだった。

 目の前の彼女は鈴の音を使っていた。

 権力と結びつき巨利を貪る聖職者に比べて、目が見えないから異教徒だけではなく、異種族や悪魔までも癒した彼女達は、新教のように聖書を振りかざして教えをたれる事ない。

 世界中の文化圏で歓迎された。

 魔力は大地に手を当てて回復し、空気から疲労を回復し、真水から体力を回復し、炎から精神力を回復し、ソフィア宗教圏外の民間伝承では聖女とよばれ、権力と結びつき大きくなったソフィアと違い富貴を求めず放浪し、ただ困ってる人や貧しい人を無償で癒し続け、僅かな歓迎を受ければ食事をとった。

 旧世界の文明から科学技術は引き継げなかったが栄養学などの知識は引き継いでいて、「炭水化物」「タンパク質」「脂質」「ビタミン」「ミネラル」身体の成長に5大必須栄養素も知識人の中では共有されていたが多くの市井の人は知らなかった。

 国家は衛生的であれば伝染病が防げることも、血を抜けば病気が回復することも、水銀を舐めれば健康になることも迷信である事も知っていた。

 脚気がビタミンB2が不足して、壊血病はビタミンCが不足だとしても貧乏人は補うことが出来なかったし、白魔法も傷や病原菌は癒せても必須栄養素不足は魔法ではどうすることもできないが、聖女達は原初エニグマとよばれる母乳に似た白く輝く物質を手のひらにあふれさせる事ができ、口から注げば必須栄養素不足をたちどころに解消した。

 白魔法使いと聖女では競合する所か、明らかに聖女の方が優れていて、ソフィア正教は魔女とよび火炙りの刑にしたが、発火すると骨まで残らなかったし、洋服も原初エニグマから作成できたため、服も燃えかすさえ残らなかった。元々炎に手を突っ込んで精神力を回復してきたから、聖女はテレポートしてどこかで生きている噂が絶えない上、実際治療中の所を再度権力者に捕まって牢屋に入れられたが、天使と違って牢屋の中で火柱ファイヤートーチとなり、自然発火して骨まで燃え尽きて幽閉出来なかった。

「誰ょ、紹介してょ」

「彼女はベル。

 孤児の闇の聖女だ。

 天使や聖女は自分の娘に対して、強い愛情を抱き白魔法や原初エニグマを15年かけて伝授してから、子別れ親別れを行う。

 神の愛を望めない彼女達は母娘の愛だけしかないし、生きる意味も奉仕ボランティアしかなかった。

他人ヒトの為に生きなさい。それが自分を生きることになるから』

 もはやソフィアの教えに背いているから、生き方や道徳として神の教えを解かず、そばにいて孤独に寄り添う事を別れの言葉として送った。

 彼女は理由は分からないが孤児院に捨てられてエコーロケーションが使えたからサルディーラ王室が聖女かもしれないと引き取った。

 親父の研究対象で半ば独学で白魔法を学ばせたら、制約もなし白魔法を魔力や疲労で使えるようになった。

 原初エニグマの研究をしたかったから、教会に天使を貸してくれ、と言い出したら、火炙りにすると向こうが騒ぎだして揉めたんで、結局ソフィア正教圏外に脱出させた」

「モア様は優しい方で国家に恩を感じて仕えろとは言いませんでした。

 私が聖女だから、

『半ば自己の幸せを、半ば他人ヒトの幸せを』

 モア様が私に送る言葉でした。

 サルディーラの情報機関に所属してソフィアの勢力が及ばない東方で情報を収集しているのは私の意思です。

 15年前新教と旧教の戦いに入り、お互い魔女狩りどころではなくなり、私もジオン様の下に駆けつけて、共に戦っていた天使達から原初エニグマのやり方を学びました。

 今ならモア様の研究に役に立ってみせるのに、一体どこにいるのやら」

「案内人は君でいいのかな?」

「えぇ、3ヶ月おきに地図に拡張されたところをチェックしております。

 今回は多分、危険地帯に入ります。

 そこはさすがに未踏査ですが、宝石を持つ幻獣が群れを統率しているのは確かです」

「全く知らない人に案内されるよりは、君に案内されるのは心強いょ」

「どうしてサルディーラ大使館を使われなかったのですか?

 直ぐに連絡をつけれたでしょうに」

「アルテシアに追放された人間だ。

 今更顔を出すのもおかしいかなと思って、まぁでも冒険者ギルドに顔をだせば、情報機関の人間が接触してくるのは分かっていた。

 君がこの街にいるとは思わなかったけど」

 父親のモアのライバルのオリアン国軍務大臣カロなど『冒険者はモアのスパイだ』として一時期廃止しようとしたが『モンスター退治を軸にしたなんでも屋がいなくなっては困る』として国民の猛反発を食らったが、カロの心配は大当たりで商人より移動の自由を保証された冒険者と情報機関はツーカーの仲である。

「自分に取り入る勢力が多数現れて、内乱を避ける為に身をひかれたと聞いておりますが」

「買い被りすぎだ。

 そんなできた人間じゃない」

「親しいんだ」

 メリルがチラリとジオンをみた。

「まあ、なんだ…、初恋のヒトなんだ」

「えー、年上なの?」

 どー見ても、14、5才にしか見えない。

「お互い初めての相手だと言って下さらないの、もう未練はないでしょうに」イタズラぽく笑った。

「心配しないでね、お嬢さん。

 私、捨てられたの。

 天使はソフィアの試練で官能的に造られているけど、聖女はソフィアの罰で不感症プレジディティに造られていて、王子に触られても乳首も勃たなかったし、アソコも濡れなかった。

 私も初めてだったから「終わった?」って聞いた時酷く傷つけたみたいでモア様のお父さんの所に家出なさいました。

 字が読めるようになって、10年間、目の見えない私に本を毎日読んでくださって、そのまま疲れて膝で眠る事もあったのに。

 王子として家庭教師がついて忙しいだろうに、あぁ、この人、私の事が好きなんだ。

 家出から帰った後は一度も読み聞かせにきてくれなくて、モア様も可愛い性奴隷を買い与えまして、私は避けられました」

「王族とはいえ、酷い仕打ちね」

「子供だったんだ。

 自分では働いて収入を得ることがないのに、プライドばかり高くて、どう接していたら分からなくなっていた。責任から逃げるようにベルを避けていた。目の前にいたら殴ってやりたい俺の黒歴史だ。

 聖女自体が性交嫌悪セックスフォビアで俺を受け入れてくれた優しさだった。そんなことさえ分からない程、人を知ろうともしなかった」

「聖女は聖女を産むわ?」

「それは自分に向けられた好意に対する同情だょ、彼女らの愛は広く深い。

 特定の誰かに向けられるものではない。

 ベルがサルディーラ王室を去った時、アレも愛の一つなんだと気づいた」



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