第19話 過去

 1階が飲み屋になっていて、2階が宿屋になっている。

 部屋割りもチムチムとメリル、ルナとジオン女性陣と男性陣に別れた。

 チロルを冒険者ギルドに預けてから、夜の食事まで訓練に時間をあてた。宿屋でルナも食事の段取りをする必要がないためブーメランと吹き矢の訓練をした。

 さすがにジオンも門外漢だから教えるというわけにはいかない。

 ルナは独学で精度を上げていくしかない。

 夜食事を終えた。

 ジオンは酒には口を当てるだけで上に上がった。

 メリルは10杯ほど、チムチムは3杯ほど、ルナは1杯飲んだが付き合う気はなかった。

 2階の寝室に着くと火の精霊サラマンダーで明かりをとり、マジックアイテムを取り出して整備を始めた。

 光の精霊ウィル・オー・ウィスプはメリルに渡していた。治癒の指輪、防御の指輪、鋭刃の指輪、打撃の指輪など、契約の要らない普及用のマジックアイテムを渡して扱い方の練習をさせた。

 しばらくすると床を軋む足音がする。

 ジオンが動きを止める。

「ルナ、警戒しろ」

 整備してあるマジックアイテムから剣を掴んだ。

 ルナは跳ね起きてブーメランを手繰り寄せる。

 コンコン。

 扉がノックされる。

 ジオンが扉に行き鍵を解除して扉を開ける。

 ランプを持った店の主人がいた。

「何の用だ」

「ジオン様。

 えらい美人の狐の獣人アニマルフォークが一階に訪ねてきまして『ジオン将軍と会わせて欲しい、ダッキが来たと言えば分かる』とおっしゃられて。

 ジオン様、女連れでしたからお盛んなところを中断させる訳にもいかないとこっそり様子を見に来たしだいで、

 何も音がしない物ですから声をかけさせてもらって、どうしましょう。

 お断りしますか。

 もったいない程の、ソリャもう妖艶な美女ですよ」

 最後は薄く下品な笑いを浮かべた。

「分かった。今から段取りしておりる。待たせといてくれ」

「かしこまりました」と要領を心得た返事をした。

 ジオンはマジックアイテムの中からミスリルのチェーンメイルを来た。大地の精霊ノーム付与エンチャントする。

 下手な鉄のプレートメイルより固くて軽い。

 鉄は魔法の効果を阻害するし、隕石から取り出した鉄なら効果は2倍だが、豊富なマジックアイテムを使うジオンは鉄製品を帯びない。

 左手にら悪魔を宿らせたアダマンタイトの手甲を、右手は女神ソフィアからもたらされるオリハルコンの

手甲をはめだした。

「ジオン様。

 何か物々しいニャン。

 昔の女に会うだけだょねぇ?」

 ジオンは打撃の精霊を付与エンチャントしたブーツを履きながら「そんなロマンチックな相手じゃねー」

「敵なのか?」

「あぁ、新教側の戦士だ」

 白いハチマキを締めた。

「チムチムに知らせてくるニャン」

「待て、巻き込みたくはない」

 日本刀を腰に刺した。

「で…、でもニャン」

 最後に大きなマントを羽織り、マジックアイテムをしまい、5つある袋の内1つをからった。

「男の約束だ」

 ジオンは扉を開けて出て行った。

 ジオンがゆっくり階段を降りていくと、カウンターに座っている、狐の耳と狐の尾が特徴的な気だるげな雰囲気を醸し出している。

 切れ長の目でジオンを認めるとゆっくりと立ち上がり「お久しぶりです、ジオン将軍」深く一礼する。

 凛として澄んだ声。

 戦士の頃に一瞬で戻った。

「奴隷開放後自由にしたはずだ、何か困った事でも」

 ゆっくり階段を降りた。

「ジオン将軍がヘクトル将軍を討ってくれたので、我ら女奴隷戦士は支配の指輪から解放され、自由になりました」

 まだ頭を下げたままでジオンを見ようとしない。

 ジオンは近づくと人差し指を突っ込んで肌色のマフラーをずらした。

 左手にしていた魔力感知の指輪から

 隷属の首輪が機能していた。

「誰に支配の指輪を奪われた?」

 頭を下げたままそれには答えず。

「ヘクトル将軍が生きてます、

 生きてこの街にいます」

 マフラーから手を離した。

「支配の指輪はヘクトル将軍に?」

 首だけ更に下げた。

 ジオンから見えないが顔が歪む。

「ヘクトル将軍が俺に何の用だ」

「今からお会いしたいと」

「分かった、案内してくれ」

 そこで初めて顔を上げる。

 切れ長の目を持つ美しい顔が初めて輝いた。

「どこに行くゾナ」

 チムチムが階段を降りてくる。

 ルナとメリルも階段最上段にいる。

「おしゃべりな猫だ」

「ルナのせいじゃない。

 店の主人マスターが忍び足で近づいている時から分かっていたゾナ。

 獣頭人ラゴンの耳を舐めるな、

 人間の4倍は聞こえるゾナ」

 チムチムは1人階段を降りた。

 嗅覚器官では獣の頭が乗っている、男に及ばないが聴覚は獣と遜色なく使える。

 足音だけで誰が近づいてきているか分かるのだ。

「野暮用だ、子供の出る幕じゃない」

「焼け木杭に火がという状況でもなさそうゾナ」チムチムが右手の服のすそをつかんだ「なあ、ジオン。我も行く。連れて行くゾナ。その女と寝たいのなら邪魔はしない、元敵なんだろう、射精して無防備になる瞬間を守ってやるゾナ。邪魔はしないがその女は危険だ、監視するゾナ」

「ネェ、獣人さん、私とジオン将軍はそんなロマンチックな関係じゃないわ」

 クスリと笑った。

 その余裕ある態度にチムチムは気色ばむ。

「お主だって、狐の獣人アニマルフォークではないか」

「違う。

 彼女は妖狐。

 妖怪の一種。

 恐怖や想いの力で存在するエネルギー体だ」

 一本だった尻尾を9本に分けてみせた。

 メリルやルナも階段を降りてきた。

「妖怪って、何ニャン?」

 ルナがメリルに聞いた。

「存在の根源が違うの。

 長い事大切にされた物は想いのエネルギーが溜まって付喪神になる。

 想いや恐れや呪いのエネルギーが溜まると、日本では実体を持った妖怪や怪異と呼ばれて種族を作るまでに成立するし、雪女が人間との間に8人程子供を作り、半妖と呼ばれて妖術を使う人間が産まれているのは有名な話。

 地元で信仰を受けカムイとなる者もいる。

 存在のエネルギーが無くなれば死ぬけど、首を刎ねてもそれを持って走って逃げる」

「化け物じゃないか、だったら余計にお前1人で行かせる訳にはいかない」

「これは俺が向き合わねばならない過去だ」ジオンは苦しそうに「それに足手纏いだ」これだけ言うとしまったという顔をした。

 チムチムが手を離した。

「あなたの過去は私達の過去ょ」メリルが口にした「私達はあなたについて行くわ、邪魔になったらその時は捨てて、怨みはしないから」

 チムチムが元気を取り戻し「きっと役に立つゾナ、だからこれ以上置いていかないで」ジオンの右腕に縋りついた。

「分かった。全員段取りしろ、ヘクトル将軍も俺1人で来いとは言ってないだろう」

「あなたに仲間がいるなんて、これポッチも思ってはいないわ」

 親指と人差し指でわずかな隙間を作った。




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