第17話 冒険者の宿

 名はチロルという。

 オアシスに冒険者ギルドはなく、冒険者は主に奈落アビスと各都市の隊商の護衛などで移動するらしく、都合良く旅をしている冒険者などいなかった。

 巫女シャーマンの世界は狭く、知り合いの知り合いの知り合いまでいけばたいてい網羅する。知り合いの知り合いの知り合いに預けようとすればメリルが猛反発。

 結局旅に同行したいという本人の希望もあり、オアシスで服を買い揃えて、馬を買い、弓も扱えるらしいから、ジオンは腰にしていた遊牧民のショートボウをチロルに渡した。

 護身用にミスリルダガーも渡した。

 遊牧民の娘で器用に色々こなしたが、戦士としてはメリルよりちょっと上かな程度。

 2週間もすれば奈落アビスに着いた。

 遠くから石切り職人に加工された物でそびえ立つ大きな城壁が特徴。

 入り口も城壁の門と、付け足したUの字型の城壁があり2重になっている。

 防御の意味もあるが、定期的に奈落アビスから這い出した幻獣達を外に出さない意味もある。

 ジオンは入り口の鎧を着た衛士の前に来ると冒険者カードを提示した。

 身分証明書にもなっている。

 兜をかぶっているから額の宝石は確認出来ないが瞳や髪や爪から察するに宝石人だろう。

 後ろに幻獣が控えている。

 コントロール下にある幻獣は瑞獣と呼び直される。

 だいたい1人一体騎乗用の物をコントロールしている、白虎、玄武、朱雀、青龍、麒麟と分類され、宝石毎に得意、不得意があり、混血は2種類得意があり、2種類不得意がある。

 コントロール下に一体の時は人馬一体の動きをみせるが2体、3体、4体、5体となると集中力が続かなく、身体の動きはおろそかになり、コントロール不能になるため、戦争で移動させる時以外は一体だけコントロール下におき、自分が寝ている時は相手も寝るようにリンクしてある。

 宝石人は東に遠征して南船北馬と呼ばれる北半分を制圧している。

 額の宝石から感知系の魔法が常時発動して槍をもたせれば優秀な戦士。

 船を作って日本にも攻めに行ったがサムライ達に撃退されている。

 世界中から魔石や魔性石を目当てに冒険者が集まってくるだけあって対応は手慣れていた物、ジオンが人数分の通行料を払うとすんなり入れてくれた。

 都市内に入ると遠征先の物資が潤沢なのか中華風の街並みをしていた。

 唯一の魔石の産地だけあって人種の坩堝。

 西洋風のジオンが目立たなかったし、東西多くの品やファッションが売られていた。

 ジオンは宿屋を決め、マルス以下の馬を宿屋の馬小屋につなぐと早速冒険者ギルドへと向かった。

 扉を開けて中に入ると西洋風のカウンターがあり、受付嬢が対面に座っている。

 経営者が西洋人なのかもしれない。

 植民地の入植と共に世界中に作られて、伝書鳩のネットワークで繋がっていて、モンスター退治や採取や人探し護衛など一手に引き受けていた。

 柄がいいのも、悪いのもたむろしていた。

 この都市に一軒しかないのだ。

 全員がジオン、チムチム、メリル、ルナ、チロルを値踏みしている。

 もっとも冒険者など見た通りの実力ではない。

 見知らぬ者に対する沈黙が空気を支配する。

 カウンターまでくると受付嬢に冒険者カードを提出した。

「サルディーラ冒険組合所属のジオン・サルディーラ様ですね、宝石人発祥の地、宝石の国冒険者ギルドへようこそ」

 よく響く声でにこやかに微笑みながら淡々と読み上げた。

 恐らく新人なんだろう。

 自分が読み上げた意味が分からなかった。

 隣のベテラン受付嬢が青ざめる。

 周りの空気も変わった。

『魔人ジオン』

 全員が心の中でつぶやいた。

「同姓同名の」

「語りでは」

「戦場で見た事ある。

 本物だ」

 ヒソヒソ話が続く。

「街のマップが金貨1枚。

 奈落アビスのマップが金貨1枚、現在解読されている所までですけど、

 それから金貨10枚払っていただければ予定未帰還のとき、ギルドにあらかじめ探索場所を教えていただければ、捜索隊を派遣しますし、魂が死の精霊レイスに連れて行かれていないのなら蘇生も保証します。

 まあ、保険ですね。

 パーティーによっては巫女シャーマンの方が幽体離脱して知らせにくるというのもアルのですけど。

 基本幻獣を倒して入手した魔石や採掘した魔性石はギルドに一元で売ってもらいます。

 それが奈落アビスに入るための条件になります」

 にこやかに手続きを進める。

「人に聞かれたくない話があるから、別室を案内してもらえれば助かるが」

「奥の部屋は空いてますか?」

 横のベテラン受付嬢に聞くと黙ってうなずいた。

「では、こちらになります」

 受付嬢がジオン達一行を案内する。

 応接間に通されると長方形のテーブルに長椅子が2つ対面に置いてある。

 ジオンにうながされてチロルが座るとジオンが横に座った。

 残りの3人は長椅子の後ろに立っていた。

 対面に受付嬢が座る。

「あのぅ、内密の要件とは?」

「この娘の捜索依頼があれば探して欲しい、それと2週間前ゴブリンがでた」

「このアナスタシア大陸にまだいたんですか」

 ゴブリンの習性は知っていたので、だいたいの事情はつかんだ。

「今から、捜索依頼の文書をとってきます」

 いったん席を外し、3冊程文書をとってくる。

 誘拐は世界中で横行している。

 一縷の望みをかけて世界的インフラを持つ冒険者ギルドに依頼するのだ。

「お名前は?」

「タングート族のチロル」

 つぶやきながら名前を探す。

「タングート族のチロル様ですね、ご両親から捜索依頼が出ています」

 チロルの目が少し開いた。

 多産の家庭の場合は依頼料と天秤をかける。

 どの家庭も生活は苦しいのだ。

「いい親だな」

 ジオンがそれだけ言うとコクリとうなずく。

「今からご両親に伝書鳩を飛ばします。

 チロルさんの身柄は冒険者の宿でお預かりする選択肢がありますが」

「チロルはどうしたい。

 俺達と来るという選択肢もあるが、どんな敵が現れるか分からないからお勧めできない。

 ここに残るが1番だと思うが」

「ジオンさん。

 今まで尽くしてくれて本当に有り難う御座います」

 チロルはジオンに頭を下げた。

「これ以上、あなた方の好意にすがるわけにはいきません。

 ここで両親を待ちます」

 弓と矢筒、ミスリルダガーをジオンに返した。

「ダガーは高価だから返してもらうね」ジオンは金持ちではあるがそこまでお人好しではない。

 チロルの頭にジオンは手を置いた。

「弓と矢筒と矢はあげるょ」

 チロルも無理には突き返さなかった。

 服とかも買ってもらった訳だし。

「ゴブリンの方は退治したのですか」

 受付嬢が書類を書きながら聞いてきた。

「大人を5体、子供を2体。

 大人の首は近くのオアシスで換金した。

 確認したければオアシスまで行ってくれ。

 子供は埋めた」

「一応上に報告します。

 だいたいの場所を教えて下さい」

 ジオンが地図を指差して立ち上がった。

「それじゃ、元気でゾナ」

「チロル。幸せになってね」

 メリルが口にした。

「頑張るニャン」

 ルナが出て行く時に手を振った。

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