第14話 テントにて

「所詮、短命も無理な実験を重ね過ぎた故の運命さだめ・・・」

 顔を紅潮させ、丸い息を吐きながら、チムナターはダビデに小さく微笑む。

 大きなゲルの隅で、ダビデはチムナターの額のタオルを取り替えた。

「気をしっかり持て、そんな淋しい事を言うな」ダビデは涙ぐみながら「今、ヨハンが白魔法使いを呼びにいってる。こんな病気、すぐに治るぞ」

 自称魔族のシル。

 左手はカステラヤ産の魔導義手だった。

 親が魔法に被爆することで次の世代は身体的欠損は多く見られるが、両親からの遺伝と生育環境が重なって、人間より遥かに高い魔法適性が見られる。

 横にジオンによって動けなくなった、角張った自動人形オートマタを横に抱いて、1匹分の羊の皮の上に魔法陣を描いていた。

「ダビデ先輩も、大げさ。

 たかが、熱を出しただけだろう」

 シルが作業を続けながら口にした。

「チムナターは実験体の運命を背負っている。

 彼女の主観は誰も想像しえない所に立っている」

 ダビデが反論した。

「主観ネェ、ちょっと過保護じゃない」

 シルが少しだけ笑った。

「帰ったぞ。

 医術の心得もある白魔法使いを連れてきた」

 プルカをつけた女性がヨハンの後から入ってきた。

 ソフィア正教の東方派。

 東の部族社会や吸血民族ノスフェラトゥに支配された民衆や大陸を陸路で横断する商人の間で流行している。

 早くから妻の合意を取り付けることができるなら、一夫多妻も許された。

 戦争未亡人対策もあるが、男性に寄った性格。

 旧教と何がそんなに違うのかと言えば、ソフィアを第一の天使とするか、それとも唯一神とするかの違い。

 旧教は唯一神として、東方派は第一天使として、何がそんなに問題なの?

 そう思うが、やってる当人達は存在理由レゾンテートルを賭けた真剣勝負。

 ケンカ別れしただけでなく、十字軍時代には殺し合いに発展している。

 商人によって拡散したため穏健派と思われがちだが、僧侶は男は男性自身を切除して、女は女性自身を縫い合わせる程過激、慣習派と部族派に別れて争っている。

 内陸まで拡散しているが、外部の人間からすればどれも能力的な差はない。

 発熱で苦しむチムナターの診察に取り掛かった。

「コレは・・」

「先生、何か」ダビデが恐る恐る聞いた。

「正直に言って下さい。

 私は何日生きられるんですか」

 チムナターが自嘲気味に聞いた。

麻疹はしかです」

 3人の目がチムナターに注がれる。

「あのー、先生。幼い子がかかるアレですか?」

「アレです」自信持って答えた。

「本人、あんなに苦しがっていますょ」

「そりゃ、個人の主観の問題。

 騒ぐ奴は1℃でもギャーギャー騒ぐし、

 無理して普通に働く人もいます」

「クックックッ」

 シルが笑うのを堪えている。

「だから私は子供を実験室や研究室で育てるのは反対だったんです。

 子供は社会の中で育てないと」

 ダビデがヨハンにくってかかった。

「私に言われても、部署が違うし」

 両手でなだめにかかる。

「で、先生。どれくらいで治ります?」

「ほっといても、一週間ほどで、急ぎの旅でしたら病原菌を治すキュア・ディジーズをかければ直ぐに」

「おいくらほど」

「金貨2枚で」

 普通の傷を治すキュア・ウーンズが一ヶ所につき金貨1枚だから相場通りといえば相場通り。

 ヨハンが2枚支払う。

「女神ソフィアの、ウンタラ、カンタラ・・・」と唱えながら手をかざすと、チムナターの顔色がミルミル回復して、ムクリと起き上がる。

 眼帯をして、左目に描かれた『96』の数字を隠す。

「お騒がせしました」

 と頭を下げる。

「いや、無事ならいいんだ」

 ダビデが泣きながら抱きしめている。

「甘やかしている」

 シルは出来たての魔法陣に自動人形オートマタを置いた。

 女神官が出ていくのと入れ替わりでフードを被った金髪の美女が入ってくる。

「チムナターの様子はどう?」

 フードをはねて、遺伝子変化デスガイズを解くと黒髪のサキュバス。

 サロメの姿に戻った。

「ただの麻疹はしかだった」

「何ソレ」

「ダビデが騒ぐから、魔力を限界まで上げてあるから、何か身体的な欠陥でもあるのかと思いきや。

 まあデザイナーズチルドレンの方が丈夫なんだが、色々魔法薬を投与してあるから、

 不安になったと言えば不安になった」

「今でも毎日食後決められた量を守って飲んでます」

「それより、サロメ、ジオン達の行く場所が分かったか?」

奈落アビス

 チムナター以外の全員が息を飲んだ。

奈落アビスって、なに?」

 チムナターが聞いてきた。

「そうか、チムナターは知らないのかー」ダビデが答えた。 

 それ程タブーではない。

「300年前、アナスタシア大陸中央部に突如できた。大穴異空間。

 魔法使い達が作った異空間や迷宮ダンジョンとは別で、魔法使いが使役する品種改良された魔物やアンデットと違って倒すと死体が残らない。

 マジックアイテムの原料と魔石が手に入る為、幻獣と呼ばれている。

 奥に進めば魔力を貯めておける魔性石の鉱床がある。

 これの量が戦争を左右すると言われ、各国この宝石国との交易に余念がない」

「宝石国?」

「宝石人と呼ばれて、生まれながらに額に宝石があり、瞳や髪や爪が宝石と同じ色をしていて、幻獣を支配して使役する能力がある。

 奈落アビスと共にやって来た民族。

 かつては額の宝石刈りなどにあったが幻獣の爆発的増殖と共に東の帝国の北半分を逆に乗っ取った。

 強い民族」

「幻獣って、そんなに強いの?」

「うーん。

 色々かな?

 手のある2足型(青竜型)、毛針で戦う4足型(白虎型)、羽手裏剣で戦う飛行型(朱雀型)、固い殻を持った昆虫型(玄武型)、魔法的特殊能力を使う型(麒麟型)に別れていて、それぞれ強弱色々だ。

 適度に登録した冒険者に狩られているが、定期的に爆発的増殖スタンビートは起きていて、宝石人が誘導して他国の侵略に使っている。

 なんせ補給がいらないから、相当便利らしい」

 シルが魔法の書を開けて、火の構成精霊サラマンダーを召喚し、支配した。

 自動人形オートマタの頭部の精霊籠に入れると全身が動きだす。

 シルが振り向いて「で、ヨハン。これからどうする?

 まさかジオンが関わって来たから、魔神召喚を諦めるのか?」

「それを言うならば魔王創造プロジェクトだって道半です。

 旧支配者の技術が必要です」

 元気を取り戻したチムナターが断言した。

「正面からいって勝てる相手ではないぞ」ヨハンは苦虫を噛み潰したような顔をした「敵の目的地は分かったが宇宙船ごと動くとは考えにくい。

 しばらくは遠くから様子見して、恩を売れるなら恩を売って、仲間のフリしてマスターカードに近づこう。

 旧支配者の技術。古代機械だって我々の手で運べる品とは限らない。

 その可能性の方が高い」

「虐殺できるから、狂信者めいた白に近い灰色な人間を想像していたけど、

 白と黒が同居しているというか、切り替わるというか」

「二重人格?」

「人格まではないと思う。

 罪を引き受ける主体は一つだ。

 だけどいったん懐に入れるともの凄く優しくて、敵に回せば情け容赦しない2面性を持っている。

 戦わない事に賛成だね」

「情けない」

 修理の終わったシルが口にした。

「馬鹿な事を言うな!

 相手は単に後に控えた将軍ではないぞ。

 突撃の時は先駆けをこなし、多くの|聖痕者『スティグマート》と一騎討ちをこなした、『魔人ジオン』だぞ。

 イキがっていい相手じゃない」

 ダビデが口にした。

「じゃあ、とりあえず先回りではなく追跡と言う事で」チムナターが話をまとめた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る