第9話 |宇宙《コズミック》

 惑星がある。

 太陽がある。

 月がある。

 宇宙がある。

「メリンダ、ここはどこだ」

「大地に戻る前に寄りたかった。

 遥か天上じゃ。

 我らは冒険者アメリカが飛空船で世界一周する前に、この惑星が丸い事を知っていた」

「あれが、テラか・・」

「輪廻からの解脱。

 宇宙合一。

 梵我一体。

 魂を極めし者が苦しみのない世界に到達したというが、社会から断絶し、一切の未練や関わりを断つ。

 ブッダ目覚めし者は国も家族も捨て悟りを開いた男」

「ガンダーラは百以上の身分制度に別れていて、違う身分では結婚所か食事や風呂やトイレまで別。

 一生キチンと努めあげれば、来世は1段階上がれると社会制度と輪廻転生を利用して、今の自分に疑問を持たせない為の宗旨。

 不満や不安は上に向かわず、だだひたすら下の者へと順々にぶち当てるというブラックな体質。

 硬直した秩序、受け継がれる変化ない伝統への反発が仏教を生んだのでは?」

「それでも何の喜びもなく、意識は宇宙に溶けて消える。

 それも一つの生き方だ。

 婆にはむなしいエゴイスト的な生き方にみえる」

「なぜ、見せた」

「お主。サルディーラ王家を捨てただろう。

 なかなか出来ぬことょ」

「世間が嫌になったわけではない。

 あのまま残っていれば、俺を担ぎだす勢力が台頭し始めて、妹の為に俺が出て行くしかなかった」

「虐殺ができたのに、優しい所もあるのお」

「虐殺なら、アンタの母体になっている遊牧民族の方が憎しみもなく、恐れられるための生贄として、前進するため後顧の憂いを断つ為に作業としてやっている

 虐殺ができる理由など、顔の見えない遠距離、宗教的正義と悪魔化デモナイズ、民族的復讐と憎悪、人種(種族)差別と侮蔑、そしてやらなければ自分がやられると恐怖に支配されている官僚的処理。

 共感力の欠如と逆らえばこうなるとの見せしめのために600年の歴史上どこでも行われていた」

「そうじゃな、お主の言う通り。

 遊牧民には、アレをやってはいけない、コレをやってはいけない、無垢な子供に生き方を定めた宗教がないと殺伐とした物ょ。

 力の強いリーダーがでれば大集団になるし、いなくなればウチゲバの上に細分化。

 巫女シャーマンは指導者にはなれない、迷える者、落ちこぼれた者のカウンセリングがせいぜいじゃ」

「意識とは何だ、魂の情熱とは別物なのか」

「逆に問いたい、お主にとって、どこまで意識があると思う」

「犬やネコには意識があると思うが、クラゲにあるとは思えない。

 精霊やロボットを道具のように酷使しても、良心は痛まないが、可哀想と感情移入する者もいる。

 人がそれに意識があると認めた時、そこに意識が産まれる。

 それでいて他人の意識を認める事は難しく、他人に共感力のない差別者は、他人に心を認めた瞬間罪の意識に襲われる。

 マッドサイエンティストなど『丸太』とよんで苦しむ知的生命体で人体実験を行い。

 その一方で、ソフィアはES細胞にまで人間と認めて改造や堕胎を禁じている。

 ソフィアは最も弱き者へ手を差し伸べる事で信者を増やしてきた宗教。

 神が平等に与えた人間の権利として『基本的人権』を歌い、無宗教の仮面を被り『人道』として広めようとしている。

 社会が認めた時、意識は発生し魂は尊重される。

 個人の主観など関係あるまい」

「各生命はそれぞれの無意識で繋がっておる。

 個体はそれぞれエゴイストかもしれんが、種全体の中から定期的に犠牲を払うのは自然の摂理じゃ。

 いち部分からしか見えんのはお主の限界じゃ」

 メリンダが微笑んだ。

半妖精ハーフアルフの無意識はどうなるんだ。

 人間か、それとも妖精アルフか?」

「その、どちらでもあるまい。

 受け入れてくれた社会に所属する小さな規模だ。

 なあ、ジオン。

 ここで私と魂の契りを我らの魂の共同体ソウルメイトにならぬか、この姿ならば抵抗はあるまい」

「遊牧民の」

「いや、巫女シャーマンのじゃ。

 人数は少ないが強い輝きを放っておる。

 サルディーラの魂はあの世に持って行けぬ物ばかりを求め、殺した人間の数を自慢する、猜疑心の強い小さな魂達だ。

 ここで愛の交感を行い、魂の交ざり合いを行い、我らの世界へ来ないか」

 ジオンは首を振る。

「メリンダ、お誘いは感謝する。

 前世からの因縁なら、先祖からの因果なら、応報から逃げて楽になりたいとは思わない。

 宿命なら甘んじて受け入れるのが、俺の運命だ」

カルマの深い男ょのぉ。

 ぼちぼち帰るとするか、年甲斐もなく誘惑も失敗したしのぉ」

「現物を知っていれば悪魔の囁きだ」

 ジオンは目を開けた。

 現実の身体はまだ麻薬が抜け切っていない。

 メリンダが精霊籠の中に水の精霊を入れていた。

 印を解き左手で自分の身体を掴み確認する。

(ああ、帰ってきた)

「メリンダ。

 ここにくる途中赤い血を流すハエを潰した。

 何か、知っているか」

 右手の親指と人差し指に残った赤い血を見た。

「さあ、婆は巫女シャーマンじゃて、異国の魔法は聞き齧った程度、全く使えない。

 悪魔達が肉体の一部をハエに変えて、情報を集めたりやり取りしたりするベルゼバブの秘術があると聞いたが、日本の陰陽師のように呪詛返しがあるわけではない、霊糸に繋がっている生霊なら手繰れないわけでもないが」

「結局、やられぱなしか

 気に入らんなぁ」

「受け身は苦手か、

 待てば反撃のチャンスもあろう。

 婆に親切を受けた礼じゃ、

 いい物をやろう。

 左手をだせ」

 メリンダはカラフルな糸で編んだヒモを、ジオンの左手首にブルスレッドのように結びつけた。

「何事も主導権を取った方が有利なんだ」

 ジオンは結ばれたヒモをみた。

「さすがモアとリリアの息子。

 驍名はこの地まで轟いておる。

 死の精霊に言うて悪霊を減らしてやろうか、人生の荷が減るぞ」

「その必要はない。

 不幸を招くというのなら、そもそも幸福とはなんなんだ。

 受けねばならない物は、逃げずに受けねばならない」

「真面目で素直な男じゃ。

 お主のコレから冒険は困難に満ちておる。

 一度だけ手助けしよう。

 どうしても助力が欲しい時は、このヒモを切るがよい」

 ジオンは微笑んだ。

「感謝する」

 精霊籠を受け取るとテントから立ち去った。

 

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