第36話 苦々しい過去を捨てて少女は未来へと歩く
「お嬢様、今のは……」
それは冒険者ギルドで請け負った街周辺の魔物の討伐を終え、報告に戻ろうとした時のことだった。道すがら見かけた人だかりが少し気になり、何事かと興味を惹かれてベティと荷物持ちの人間と一緒に寄ってみれば駄目王子と忌まわしい肉親の破滅が歌われていたのである。
「失意のままに王子は戻り~、そしてヴァンデルハートは投獄された~」
「あー、例の……一時期話題として持ちきりになってたよな」
「えぇ、まぁ」
今回荷物持ちを担当してくれたマックスのつぶやきに私はただそう返す。
このイリリークに訪れてから私は自分のかつての家名を明かしたことはない。しかしこの街に現れた時期から私をあの忌々しい女の血縁関係、それも娘だと誰もが見抜いていた。それは横にいるアッシュブラウンの髪を短く切りそろえた彼もまた同じだ。
「国を傾けしヴァンデルハぁ~ト、その大罪をいずれ受けるであろう~」
「まぁとりあえず、行かねぇ? 聞いてて気分のいいもんじゃ――」
「いいえ? 特には」
捨てられたことをまだ気にしているのだろうという彼の気遣いには感謝しつつ、私はそれを真っ向から否定する。一切気にならないという訳ではないが、これはきっと私にとって必要なことだったからだ。
「いや、えぇ……お前さんを捨てた奴らの話だぞ。あ、じゃあスカッとした、とか?」
「特に何も。ただそうかと感じるだけですわ」
マックスの言葉にただ興味などないという風を装って私は返す。正直彼の言う通りあの2人の存在を思い出せば今でも少なからず腹が立つし、あの女に入れ込んだ男の破滅を聞いて胸がすく思いではある。けれどあくまでそれだけでしかない。
「ただ愛のために生きた男~、その結末はあまりに空しく~弄んだ女の末路は~、何よりも相応しい末路が来るだろう~」
「お嬢様はただ、知りたいだけなんだと思います」
「知りたい?」
「えぇ。ベティの言う通り、気持ちに整理をつけるためにこの話を聞いてるだけです」
この『過去』に区切りをつけたい。いちいち過去を振り返ってしまうのが煩わしいからそれを終わらせたい。その思いで私は吟遊詩人の何とも言えない感じの歌声に耳を傾けている……一度夜会に招かれた吟遊詩人、確かロックという名前だったかの方がまだ美声だったなと時折思考が横に逸れたりしながら。
「ご清聴ありがとうございました。つきましては心付けをいくらか――」
「ヘタクソー!」
「微妙すぎんだよ帰れー!」
「石は投げられてないようですが罵倒されてますわね……」
「まぁああいう手合いをよく知らん俺でも無いって思うぐらいだからなぁ……」
「あれ止めなくていいんでしょうか……」
――子守唄としても微妙だったな。素材の活かしかたがなっちゃいねぇ奴だ。どうせどこでも貧乏してる流れの野郎だろうよ。
罵倒されてすごすごと帰る羽目に遭った吟遊詩人を見て、アイル含めて似たような感想を浮かべる。ベティも明言は避けたけれども、頬の引きつり具合からして褒める気は無さそうだ。そんな吟遊詩人をしばし見送った後、私はまたギルドの方へと一歩踏み出した。
「行きましょう、皆」
結局レオネル王子と母が捕まって以降どうなったかはわからない。けれども国の醜聞になるあんな行動をしてしまった以上、レオネル第2王子は廃嫡されても不思議ではない。それとあのヒステリーな王のことですから王子をたぶらかしたあの人も無事では済まないだろう。良くて処刑、悪ければ奴隷にされて一生惨めな思いをする。
「もう私は大丈夫ですから」
でもそうなったと考えたところで私の心はもう動かない。それよりも賠償金をどうするかで頭を抱えてたり、ベティと一緒に依頼をこなす日々に心が躍っている。貴族であった頃は絶対に得られなかった『自分の手で未来を切り開く』ことに私はもう夢中になっていた。
「はい。行きましょう」
私の傍にはベティがいる。宿に戻ればお父様が待っている。お金にあくせくしつつも今過ごしている時間の方が充実していて楽しくて仕方がない。それを察してくれているベティはただ静かに私の後をついてきてくれる。
「あー、はいはい……心配しなくても大丈夫だったか」
今回頑張ってくれたマックスのようにこうして私を支えてくれるイリリークの人達がいる。そして私の奮闘を認めてくれている人がいる。なら過去を振り返る必要は何一つない。
――なんだ? 俺様に慰めてほしかったか? ハッ、残念だったな。お前みたいな女にかけてやる言葉なんてありゃしねぇよ。毎日毎日ヒステリー起こしてるような図太いクソ女なんかにくれてやる優し――いででででっ!?
ふとアイルが気にかかって視線を落としてみたものの、いつも以上の憎まれ口をたたいたのでまた力をへし折ろうと頑張りながら歩く。やっぱりこの駄棒燃やした方がいいのかとか、私の後をついていくマックスならば本当にへし折ってくれるだろうかと考えながら露店の多いこのメインストリートをいつものように通っていく。
「おぉセリナの嬢ちゃんじゃねぇか! 今日もまたダンジョンを攻略したのか?」
「いえ。今日は外でなわばり争いをしていた2匹のギガススネークの討伐を終えたところです」
「ベティちゃん、いつも大変だねぇ。あ、これ良かったら持ってけ」
「いえ! 流石にお支払いしてないものを受け取る訳には――」
「あのクソ蛇が街道で暴れてたおかげで流通が滞りそうになってたんだよ! そのお礼だ。受け取ってくれ!」
道行く人々からかけられる声に私とベティはやれる限り対応しつつ、少しずつギルドへと近づいていく。
「チッ……あの女、いい気になるなよ」
「たかだか魔法が使える貴族崩れがよ……お前らなんか俺様ひとりで――」
「あら。本当に私が弱いと思うのでしたらミアやディルのように一緒にダンジョンに……行ってしまいましたね」
道行く中、私を妬む同業者からも文句が投げつけられるのも日常茶飯事となってしまった。だから私も定番の返しとなったダンジョン攻略のお誘いをかければ、あっという間に相手は逃げる。口先だけの輩を一瞥することも無く歩き続ければ、すぐに冒険者ギルドの扉が近くまで迫っていた。
「――この街の英雄のお帰りだぞー!」
何度となくレベルアップしそうになっているダンジョンを攻略し続け、街の周辺に現れた凶悪な魔物を倒し続けている内にいつの間にか英雄として担がれることになった。
「ありがとう、ダンテ。話はまた後でしましょう」
「今回の話も楽しみにしてるよー!」
当初は私のことをこき下ろすのが目的だったり、単なる野次馬として依頼の内容を聞きに来ることが多かった。面倒になって宿に戻る前に簡素に説明をし、端的に質問に答えていたらいつの間にか酒をたしなむ冒険者が私の話を楽しみのひとつとして聞いてくれるようになった。今日も少しだけ話すことを約束しつつ、いつものように受付の列へと並ぶ。
「お待たせしましたセリナ様。依頼の方は済みましたか?」
「えぇ。マックス、討伐証明部位を」
「あいよ、っと」
カウンターに討伐証明となるギガススネークの牙、そして魔石を2つずつ置けば今回担当してくれた受付の方も満足そうに微笑みを返してくれた。
「確かに確認しました。今回も依頼をこなしてくださりありがとうございます」
「いえ。これも貴族――いいえ、力ある者の使命です。お気になさらず」
こうして面と向かって純粋にお礼を言われることにまだくすぐったさを感じることはある。けれどもそれは私のように力がある人間のするべきことだと返し、報酬を受け取ってその場を離れていく。
「おーし終わった終わった。んじゃ一杯ひっかけて帰らねぇ?」
「えぇ。ですが、今日も一杯だけですよ?」
そうして併設された酒場へと赴き、エールを注文すると私は空いていた席にベティとマックスと一緒に座る。
「では、今日も無事に依頼を終えたことを祝して――乾杯!」
『乾杯!』
運ばれてきたエールのジョッキを掲げ、乾杯の音頭を取る。そして口を軽くエールで湿らせた後、ジョッキを持ってこちらへと来た方々へ今日の依頼について語っていく。
「やはりなわばり争いをしていたせいか、お互い傷ついて消耗してました。そこで可能な限り遠くから……目測では
「確か『アクアジャベリン』と『エアカッター』、どちらも5小節でしたねお嬢様」
「セリナが言うには、だけどな。いやーしっかしスゲぇ杖だぜ」
そうして今日もイリリークの酒場は賑わいを見せる――これはいつかミカス王国に訪れる脅威を退けることになる、ある少女の冒険譚の一幕である。
◇
あとがき
読者の皆様、今話まで本作を読み進めて下さってありがとうございました。
自分の実力では一人称でこれ以上話を展開するのが厳しいと思い、今回はここで筆を置かせていただこうと思います。
ただ、いつか三人称で本作をリメイクしたいと思っておりますので、もしまた見かけたときには「またやってるよ(笑)」と思って見に来てくれれば幸いです。それでは。
没落セリナが冒険者として成り上がるまで〜母に婚約者をNTRれた上に実家も潰されてもへこたれなかった少女の話〜 田吾作Bが現れた @tagosakudon
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