第35話 それでも世界は回る

「ご苦労。今回も無事にダンジョンの核の破壊が完了したか」


 そうしてイリリークに無事に戻った私達は、露店や通りすがりの人に温かい声援をかけてもらいつつギルドへと向かった。今回も応接室へと直に通され、待っていて下さったゴドウィン副長から私も労いの言葉をいただいた。


「はい。私とベティの実力と、ディルにメイソンのおかげです」


「お前のそういうところ、私も好きだぞ」


 副長に直接今回の顛末をベティと一緒に語れば、満足げにうなずいている。あの表情からするに今回は特にひどい怪我を負わずに済んだことに安心しているのだろう。やはり取り分が減るのを承知でタンク役を雇うべきかと考えながらお茶を口に含んでいると、ゴドウィン副長が何か言いづらそうにしている様子だった。


「……まぁ、そうだな。こちらとしてもお前とベティ、それと荷物持ちだけでダンジョンに送り出すのは正直心もとないと考えていた」


 ここ数か月で色々と実績を積んだせいか、副長の態度も砕けたものになっていくと共に私を慮る言葉が増えたように感じる。言いあぐねている様子の彼女に代わり、私はそのことを口に出してみた。


「えぇ。学院での実習での経験、それにこうして何度も戦いを切り抜けてきたことを踏まえればわかります。お金欲しさに私達が命知らずもいいところの戦い方をしているということは」


「そう、ですよね……正直これが悪いということはわかっていますけれど」


 伊達にこの冒険者ギルドで上から2番目の役職についているわけではないということでしょう。彼女の立場、私達がこうしてダンジョン攻略を成功させたこと、そして今回以外はひどく治療院のお世話になっていることを踏まえればこんなことは強権を用いてでもやめさせようとするのが普通です。


 けれども私達の事情――相当の額の賠償金の支払いとそれを実行できなかった際に処刑されることを考えればあまり強く出られないということもまた私は知っていた。


「残り9か月そこらで1300万もの金を支払えだなんて気が狂ってるとしか思えん。こんな優秀な奴を是が非でも処刑しようと考えている国王陛下のお心がわからんな」


「まぁ私は元々第2王子……あの馬鹿王子の正妻として腕を振るう予定でしたので。こういった形で力を発揮するつもりはありませんでした」


「レオネル様、流石にあんなことをするほど大胆だとは思ってなかったのですけどね」


 深くため息を吐きながらお茶を美味しくなさそうにすすっている副長に私はそう返す。戦闘に関しても持ち前の才能で学院でトップクラスの成績を収めていたとはいえ、これを極めることになるとはあの頃は微塵も思っていなかった。


 あの頃は夫となる王子を支えること、そして世継ぎを産むことが私の役目であると思っていたし、あの恥知らずの身内が馬鹿をやらなければ何があってもそうするつもりでしたから。ベティの言う通りあんな大それたことをやるような人間ではなかったと今一度思う。


「あ、それと副長。音を立ててお茶をすすらないでいただけます?」


「あ、それ私も気になってました」


「そこを今ツッコむなお前ら」


 後、今は貴族としての身分が失われた身なれどやはり彼女の作法が気になり、口を挟めばペネロペ副長も気まずそうな感じでそう答えてきた。ばつが悪そうにカップをソーサーに戻してため息を吐く彼女を見てふと思ったことが口からこぼれた。


「これもそれもあの人が悪いんですよね……」


「男をとっかえひっかえしてたあの女か? そんな馬鹿女にのぼせ上がった脳足りんか?」


「あの宰相もひどいですよね。期限付きでかなりの額の賠償金を請求しましたし。それとあの宰相の案をそのまま素通しした陛下も大概ですよ……不幸になればいいのに」


 ……副長とベティの言葉を聞いて改めて思う。本当にろくでもない奴らばかりだったと。今でこそ


「……訂正します。あの人が悪いんですよね。あとお父様にはしっかりと手綱を握っていただきたかったです」


「あの、お嬢様……」


「おい。一応気を使ってお前の父親のことは言わなかったんだぞ。口にするな」


 それとお父様のことで叱られてしまったけれども、正直それさえどうにかなってればと改めて思った私に罪は無いはずである。


「ひとまず、金を稼がなければならないのは違いない。強い魔物がはびこるようなダンジョンを攻略する際には私の権限で腕利きのタンクや前衛を引っ張ってくる。が、あまり期待するなよ。いつ状況が変わるかわからんからな」


「その心遣いだけで十分です。ゴドウィン副長」


 ゴドウィン副長の口から改めて、ギルドが私を支援して下さる旨の言葉を聞いて少し嬉しく思う。そうして私は今回の報酬を受け取り、その配分やら使い道やらをベティと一緒に考えていく。時折入る駄棒の茶々を流したり、棒きれをへし折ろうとしたり床に叩きつけて踏んだりしつつも話は無事に終わり、宿に戻ってまたお父様と一緒に食事をとる。そうしてまた日々を過ごす。そんなある日だった――。


「おぉ~全てを捨てた王子を待つは、愛をささやいた女の裏切りぃ~。魔性のヴァンデルハートが国すら弄んだ~」


「は……?」


 イリリークを訪れた吟遊詩人の口から馬鹿王子とあのろくでもない女の破局を知ったのは。

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