第34話 新たな日常に慣れた少女(後編)

「いやまぁホント、死ぬかと思ったぜ……」


「俺っちもです……」


 無事に攻略も終わり、ダンジョンの外へと出た私達は今、イリリークの街へと向かう乗合馬車の中で話をしていた。


「お疲れ様でした。ディルさん、メイソンさん」


「私としては助かりました。今回参加してくださり感謝いたします」


 流石に揺れる馬車の中で立ってお辞儀をする訳にもいかず、ベティと一緒に頭を深々と下げる程度に留めたのだが、2人はこれといった返事もしない。何か不快な印象を与えてしまっただろうかと思っていると、何かをひそひそと話す声を私の耳が拾った。


「……やっぱ嫌味の類は感じられねぇな」


「まぁそうでしょうよ。あの人の嫌味ってもっとトゲトゲした感じだったし」


 どうも私が嫌味か何かを言っていたのではと勘ぐっていたらしい。確かに夜会などで相手をこき下ろす目的でやることはあったのだけれど、こう思われているのは心外でした。


「……聞こえてますわよ、おふたりとも」


「――うぉわぁ!? す、すす、すまーん!」


「も、申し訳ねぇっす! この通りー!」


 そこで私はじっとりとした視線を彼らに向ければ、大いに慌てた様子で私に謝罪をしてきた。横にいるベティの空気がトゲトゲしたものになり、あちらの自業自得と思いつつも私はベティをなだめるべく声をかける。


「ベティ、向こうは謝罪をしました。それ以上は気品に欠けます」


「……はい」


 私思いなこの子が代わりに怒ってくれたと思いつつ声をかければ、やや不承不承といった様子ながらも彼女が放ったとげとげしい雰囲気は徐々に収まっていく。それに安堵しつつも私は改めて2人にねぎらいの言葉をかけた。


「改めまして、今回参加してくださってありがとうございました。ディル、メイソン」


「まぁ、こっちが勝手に割り込んだだけだ。そこまで感謝なんてしなくったっていいぜ」


「あ、どもっす」


 そう述べる2人に対し、私はただ微笑みを返す。


 ……先程本人が述べた通り、ディルは元々私達の実力を疑問視して文句をつけに来た人間でした。普段はイリリーク周辺の魔物討伐で生計を立てていたことからダンジョン攻略がどれだけ危険かがわからなかったとのこと。


「会った当初はそうだったとしても、ダンジョン攻略を始めた時からタンク役としてその責を全うしてくださいました。貴方に感謝こそすれども邪険に扱う気は一切ありません」


 先程攻略を終えたダンジョンの3階層へと向かう通路で本人がこぼしていたものの、既に彼に対する敵意はない。言葉にした通り、仕事は私情を抜きにしてやってくれたのだから。普段ならば手足のどこか、あるいは顔に傷がついてしまうことを考えれば自然と感謝が口から出てしまう。


 貴族社会ではうかつにこんなことを口走ってしまっては弱みを晒すことになるけれども、この場ではこうして感謝を口にするのが一番だと感じたままに私は口にする。


「お、おぅ……は、恥ずかしくって照れらぁ」


「それとメイソン、貴方にも感謝を」


 顔を真っ赤にしているディルを見て可愛らしいところもあると思いつつ、今回荷物持ちとしてしっかり仕事をしてくれたメイソンにも感謝を述べる。


「お、俺っちもですかい?」


「当然でしょう? 貴方達荷物持ちのおかげで攻略がはかどっていますもの。その労はねぎらわなければね」


 最初に私についてきてくれたアーニー、初めてのダンジョン攻略で力を貸してくれたスカーレット、他にも何名かの荷物持ちに力を貸してもらったことを思い出す。


 討伐証明となる部位や魔石の持ち運びはもちろん、ダンジョン攻略に時間がかかることを考慮して食事や水筒も預かってくれている。また食料として食べられる魔物がいた場合は可食部位を切り分けて保存し、それをギルドに納めるか自分達で食べるまで持っていてくれているのだ。一度荷物持ちを経験したベティもやってみたら大変だったということを明かしてくれたからこそ一層私は思う。


「あー、俺っち達はちゃんとギルドから金もらってるし、装備も借りてるだけっすよ? そら相手は選べねぇっすけど、カスみてぇな奴とつるまなくて済むから真面目にやれるってだけっす」


「そうであったとしてもよ。、私は貴方達の働きに感謝してるわ」


 もちろんこの行動に打算がないという訳ではない。仕事をしてもらうというのなら気持ちよくやってもらうのが一番ではあるし、悪評よりも良い評価が広まってくれればこちらも動きやすい。


「これで勝手にヒス起こさなけりゃなぁ」


「おいメイソン」


 ……特に、この駄棒のせいで『一人で勝手にヒステリーを起こす女』だなんだと言われているから尚更。それを払しょくするためにも余計に力を入れているが、この様子だといつになるのやらと口やかましい金属棒に視線を落とす。


 ――ハッ、ひでぇ言われ様だな。ま、偉大である俺の声がそこのヒス女以外に聞こえない不幸はあるが、その女が俺にかしづくような殊勝さがないことを考えれば自業自得だろ。ちったぁ反省したらどうだ?


 相も変わらず道具の分際でネチネチと嫌味を言ってくるこれ。いつか絶対溶かしてギルドで売ってもらうことを考えて耐えつつ、またひそひそ話をし始めた2人に私は声をかける。


「……お2人とも、何度も何度も聞き逃しをするほど私は心が広くはなくってよ?」


「後で査定に響く報告だけ、してあげますね」


「「それだけはやめてくれぇー!!」」


 イリリークに到着するまで、私達は馬車に揺られながら話を続ける。これが新たな私の日常であった――。

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