第32話 新たな日常に慣れた少女(前編)

 私とベティ、そしてスカーレットが協力してレベルアップ寸前のダンジョンを攻略し終えてから早数か月。私達はまたギルドからの依頼を受け、別のダンジョンの攻略を行っていた。


「おいセリナさんよぉ! 早く敵さん倒してくれってぇ!!」


「なるはやでお願いしますぅ! またカエルに呑まれるのはイヤなんですぅ!」


「もちろん、ですっ!」


 今回私のパーティーにタンク役として参加することになったディルという男性と、荷物持ちを担当しているメイソンが叫んでいる。


 ぬかるんだ沼の様相をしているダンジョンの最深部に現れた巨大なカエルの魔物であるギガストードや、カニのようなハサミを持ったエビみたいな魔物のクレイクラブの群れが襲い掛かってきているのだから当然であり、彼に群がる魔物を討つのも私の役目であった。


 ――おーおー潜った当初の勢いはどこ行ったんだろうなぁ盾持ちの野郎は。仕事が出来てるだけマシだが、金目当てにコイツについてくからこんな目に遭うんだよ。


 アイルと共に詠唱した3小節の『サイクロン』を合わせた竜巻で周囲一帯を吹き飛ばし、その後はベティのためにダンジョンの核へと続く道を作っていた。


 だがこうして群がってくる魔物相手に私を守ってくれているディルと、ここまで荷物持ちとして役割を果たしてきたメイソンの窮地を無視する訳にはいかないと私は魔法を操る。


「竜巻をこちらに持ってきます! 耐えて下さいね!」


「お、おう! ま、任せ――おぉおおぉぉ!?」


「もう攻撃が来ないならなんでも――ひゃぁあぁあぁぁあ!?」


 駄棒の相変わらずの口の悪さに内心辟易しつつも、風をこちら側まで戻して一気に寄って来た敵を吹き飛ばす。その余波で2人共吹き飛ばされそうになったが、そこは長年冒険者または荷物持ちをやっていた経験があったからかどうにか耐えてくれた。そのことに軽く安堵しつつもひとまず私自身の失態を謝罪しておく。


「申し訳ありません! 次からは気をつけます!」


 ――まぁお前と組むのは大概守銭奴ばっかだし、マトモに組めるようになるまでに逃げだすしな。ベティぐらいしか心を許せて連携とれないお前にしちゃぁよくやってるさ。


「はは……マジでそうしてくれよ! 次、来るぞ!」


「あー助かった……早く荷物持ち辞めてぇ」


 ここ数日、いやここ数か月の間でもトップクラスで癪に障る発言をしてくる駄棒の励ましと思しき言葉に頭の血管が千切れそうになる感覚を覚えつつも、私は肩に掛けたカバンの中から素早く魔力回復ポーションを取り出して一気に煽る。


「わかりましたディルさん!――ひとまず周囲に集まった魔物を吹き飛ばしてから再度詠唱し直します! 5小節ほどになりますのでそれまでの間時間稼ぎを! アイル、貴方は私が『サイクロン』を詠唱をし直すと同時に『フレイムピラー』の魔法を同じ分詠唱しなさい!」


「はいはい了解! なんとか時間は稼ぐからな!」


「わ、わかりました! じゃ、じゃあ自分もうちょっと奥に引っ込んでます!」


 ――了解了解。ったく、相変わらず杖使いが荒いこったなこのお嬢様はよ。


 あまり魔力を注ぎ込んでいない今の魔法を維持し続けても、頑丈な体を持つここの魔物では追い払うのがせいぜいでしかない。ならば強力な魔法を展開するのが一番だと私は考えた。おそらく熱には弱いだろうから『フレイムピラー』で大きな火柱を作り、その中に放り込むのが一番いいと判断して早速魔法の詠唱に移る。


「ぐっ!――頼むぞ! 早く!」


「魔力よ集いて形を成せ――」


 ――魔力よ集いて形を成せ。


 ディルの悲痛な叫びに応じるように私とアイルは詠唱を始める。ここ最近はレベルアップや積み重ねた経験のおかげか、短い小節のものならば避けながら詠唱も出来るようにはなったものの、詠唱に集中出来るに越したことはない。


 ディルの頑張りに感謝しつつも私はほんの一瞬だけ遥か前方――このフロアを突き進んでいるベティの方に視線を向ける。


「ハァッ!」


 私と駄棒が活路を切り開いたことで彼女は今最奥の間の半ばを超えたところにいる。これまでも惜しみなく魔石を与えて強化を続けたことでベティは一流のシーフ系の冒険者と同程度に機敏に動けるようになっており、その身体能力を活かして突き進んでくれている。


「汝は荒れ狂う風であり世界を駆け抜けるもの、我らを守る風となり我が敵を吹き飛ばす暴威となれ」


 ――汝は天を衝く火柱であり荒野を照らす巨大なかがり火、我らを照らす輝きであり愚者を焼く焔たれ。


 鈍重な魔物ばかりなこのダンジョンならば、核の方が心変わりしなければこのまま両手のナイフで敵を切り裂きながら進んでいけるだろう。ならば私達がすべきことはただ一つ、この詠唱を少しでも早く完成させること。


「まだか! まだかオイぃ! 早く、早くしてくれぇ!」


「あわわ……こ、こっち来るぅ。こっち来ちゃいますよぉ!」


「時に我らと共に歩み我らを時に阻む風よ、全てをさらい彼方へと突き上げよ」


 ――燃え立ち昇れ柱の炎、万物を焦がして灰へと帰せ。


 必死な様子で騒ぎ立てるディルとメイソンにいささか焦りが浮かぶものの、それに気を取られないようただ魔力の制御に私はアイルと共に集中する。ここで魔力を乱せば5小節分の魔力が暴発して、私達がバラバラに刻まれるかもしれない。


「駆けよ、サイクロン!」


 ――燃え上がれ、フレイムピラー!


 しかし幸いなことに十分魔力は注ぎ込めた。ならば後は発動すれば暴発だけは無くなる。私の中の魔力とアイルのため込んだものが尽きないことを祈りつつ、私達は共に引き金となる言葉を口にしながら魔法の詠唱を終える。


「――どぉわぁーっ!? 熱っ!!」


「ひぃええぇぇえぇー!! す、すごい火柱がぁー!?」


 その瞬間、沼地のようなダンジョン最深部に5ケロネム5mもの火柱が生え、同時に発生した竜巻が熱波をまき散らしながら魔物を火柱へと運んでいった。

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