閑話 台風の目な2人その3
それはソチカの街を訪れて2日目のことであった。レオネル一行は現在、宿泊していた宿屋ではなく、貧民街のある一角に身を潜めている。
「どうかな? 逃げ出せそう?」
「今のままでは厳しいでしょうな。もう既に囲まれているかと」
お付きの人間にレオネルは問いかけるが、返ってきた芳しくない答えに思わず顔をうつむかせる。ルティーナはそんな彼の両肩に手を置き、彼をなぐさめようと声をかけた。
「大丈夫よ、レオ。いつもみたいにきっと逃げ出せるわ」
「……ありがとう、ルティ」
彼女からの励ましにレオネルは淡く微笑みを返して彼女を安心させようとする。しかし彼らが甘い空気を作っている中、レオネルの従卒達の多くは今の状況に頭を悩ませていた。
「ルティーナ様はレオネル様が見て下さるから良いとして、今の状況は……」
「うむ……どうする」
今レオネルを取り囲むこの状況は決して良いとは言えない。ソチカの街を訪れた時はまだ『レオネル王子の視察』という名目でスムーズに入れたし、買い物をする余裕はあった。
しかし今はこの街を統治する貴族の私兵が何人も歩いている状態だ。目的は彼を王宮へと連れ戻すことだということは頭のゆるいルティーナも含めてわかっていた。
「既にレオネル様が逃げ出したことはカクニイハ様に知られているな」
「だろうな。もう私達がいる貧民街以外はカクニイハ伯の兵が粗方探し終えているだろう」
ここら一帯を領地とするカクニイハ辺境伯が王命を受けたことは明らかであり、彼の私兵が動き出したということも従卒の報告から知ることとなった。そこで私兵に捕まる前に逃げ出そうと荷物の多くを部屋に置いたまま宿を引き払い、レオネルらは貧民街のあばら家に身を潜めることとなったのである。
(全く、ルティーナ様が逃げるのを渋らなければ、既にここから逃げ出せていてもおかしくなかったというのに……)
当初はレオネルが自分に与えてくれた幾つもの金品を置いていくことをルティーナが渋り、その説得に数時間かかってしまった。だがどうにかレオネルが彼女をなだめすかし、今ここで捕まってしまえばもう自分といられなくなると説得したことでようやく重い腰を上げたのだ。
「どうしてこんなことに……私はただ、レオと一緒に自由な生活がしたかっただけなのに」
数日分の衣類と持っていけるだけのお金を旅行カバンに詰め込んでほうほうの体で逃げ出し、従卒の何人かが囮になると共にまだ捜索の手が及んでいなかった貧民街へと彼らは向かった。
そしてそこの一角にあった粗末なつくりの家を訪れて金子を渡し、一時的に隠れ家として使わせてもらうことになったのである。
「戻りました。ここから8
「そうか! 助かる!」
そして従卒のひとりがこのあばら家に戻り、探していた脱出ルートを提示する。既に門は閉鎖されていることを踏まえ、この街にも備えられていた水道を使えば脱出できるのではないかとレオネルの従卒が考えたプランにほぼ全員が首を縦に振った。
「ねぇ。そこを行くのはいいんだけれど、私のドレスやアクセサリーはどうなるの? やっぱり今すぐにでも私のものを取りに戻ってちょうだい。レオが私に与えてくれたものを無駄にしたくないの!」
「……お気持ちは察します」
(これ以上人間を減らされてたまるものかよ。とんだ疫病神め)
ルティーナだけがすぐに首を縦に振らなかった。彼女の頭の中はレオネルが与えてくれた服飾品という形での愛ばかりであり、それをひとつも無駄にしたくないという思いでいっぱいだったのである。だが従卒達はそれに気遣いの言葉をかけただけで誰も取りに戻ろうとはしない。自分達の苦労を無駄にする気かと歯を食いしばったり、手を強く握りしめるなどして耐えるだけであった。
「後でまた買い揃えよう――よし、じゃあ案内してくれ!」
「はい! こちらに!」
そうしてレオネルらはあばら家から駆け出していき、急いで脱出しようと好奇の視線を受けながら貧民街を走り抜けていく。
「ばかなヤツ。お貴族さまがそれぐらい考えてないと思ったのかよ」
「いいじゃねぇか。オレたちはこうしてたんまりカネをもらえたんだからよ」
――抜け出せそうなところに既に辺境伯が兵士を向かわせていること、このあばら家に住んでいた人間が自分達のことを既に私兵に売り渡したことすら気づかずに。奈落への道をただ愚直に突き進んでいることに彼らは気づいていなかった。
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