第31話 これからの私達の日常へ
そうして私達は嗚咽を漏らしそうなお父様を軽くなだめた後、部屋へと戻って今回のことについて簡単に報告をする。すると『そうか』と短く相づちを打ってうなずいた。
「よく頑張った。2人とも……ただ、その」
「お父様、言いづらいことであってもどうぞ口にしてください。私も何となくは察しています」
「仰せになってください、旦那様……その、お嬢様はご覚悟されている様子ですので」
「なら言わせてもらうが……お金の使い道をどうするかに関しての話し合いに私も参加したかった。それだけだ」
部屋の備え付けのイスに座らせたお父様は私達に労いの言葉をかけようとしてくれたのだが、どうも歯切れが悪い。もしやと思って尋ねてみればやはり勝手に使い道を決めたことについて述べ、私達はすぐに頭を下げる。
「申し訳ありません……つい浮かれてしまって、お父様抜きで色々と考えてしまいました」
「私も止めるべきでした! お嬢様を罰するのだけは――」
「駄目よベティ。貴女が受けるなら私も。貴女だけそんな目に遭わせる気はないわ」
「で、でも……」
「あぁ、気にしないでくれ。私は元々戦力外だったし、何も貢献できてなかったからな……はぁ」
一緒にお父様に謝罪するものの、すぐに私をかばおうとするベティをたしなめる。共に戦うことを誓い合ったのだからそんな物言いなんて私は許せない。それでも引き下がる彼女だったが、お父様が色々とあきらめた様子で私達を止めてきたため改めて頭を下げた。
「ご、ごめんなさいお父様! 今は私達のことで言い争うことじゃないというのに……」
「失礼しました旦那様! 旦那様をのけ者にして話をするなんて……」
「いや、気にしないでくれ。本当に。ハハハ……」
乾いた笑いを浮かべるお父様をベティと一緒になだめることしばし。お互い落ち着いたところで改めて話を続ける。
「確かにセリナが言う通り、今後もダンジョンに潜るというのなら武具をちゃんとしたものにした方がいいだろうな」
お父様も武具の更新に関しては文句をつけることは無く、受け入れてくれた。納得した様子のお父様に私は改めて自分の考えを明かす。
「はい。パーティーメンバーを募るというのも決して悪くは無いのですが、場所を選んだ上で少数で挑む方が手元には残りますから」
今回のことで共に戦ってくれる人間の重要性を噛みしめはしたものの、やはり賠償金の支払いが1年後ということを考えるとやはり少数精鋭が一番だという結論は揺らがない。そのことを伝えるとうむと短く返事をし、同意してくれた。
「確かに。結局賠償金を支払えなければ処刑されるのだ。ある程度のリスクは背負うしかないか。それに稼いでくれたお金の大半を賠償金にあててくれるのだし、私としても文句はつけられないよ」
「1年以内という期限が問題ですよね……」
結局のところ、私達に課せられた期限と目標があまりに厳しいのが問題なのだ。そうでなければ共に戦ってくれる人間を募って、少しずつ稼いで返済するという方法もあったというのに。ままならないものだとため息を吐くと、お父様は一度地面に落としていた視線を私達に向け、真剣な表情でこう伝えてきた。
「そればかりは嘆いていてもどうにもならないからな。とりあえず2人は明日武器と防具を新調して、イリリーク周辺の魔物討伐やダンジョンの攻略に勤しんで欲しい」
「わかりました。お金稼ぎと同時に私とベティのレベルアップも図ります」
「わかりました。旦那様」
「頼む。それと、私も出来る範囲で何かをしよう」
そのお願いに私達はうなずいて答えると、今度はお父様自身も動くと述べた。それに私とベティは思わず顔を見合わせ、それを見てお父様もまた苦笑を浮かべていた。
「確かにセリナとベティが不安に思うのはわかる。けれど私だって元は領地を治めていた貴族なんだ。やれることはきっとあるはず」
そう。お父様はかつてヴァンデルハート家に与えられた領地を上手く統治されていた。その年ごとの税収はどうしたかとか、治安や市井の活気などについても腐れ外道の執事に尋ねていた。あの恥知らずが嘘をついているのでなければお父様は間違いなく名君であったはず。
「戦闘はまぁともかく……うん。読み書きが出来る人間は重宝されるはずだ。ここの商業ギルドに雇ってもらえないかどうか掛け合ってみるとしよう」
「流石です、お父様……ですけど」
ここも様々な店があるのだから商業ギルドもあっておかしくないはずですし、読み書きは王侯貴族と商人の専売特許。それに目を付けて動こうとしているお父様はやはり出来る人間だと思いました。思った、のですが……。
「? どうしたセリナ? 何か言いたいことがあるなら言いなさい」
「その……でしたらもう少し早く動くことは出来ませんでしたか?」
「私にお前達の心配をしながら仕事をしろと!?」
それが考えつくのであればすぐにでも仕事に就こうと動けたはず。そのことを尋ねてみたらお父様は今にも泣きそうなお顔で私にすがりついてきた。
「だってすごく心配だったんだぞ! お前が冒険者としてダンジョンに行った時も不安で仕方なかったし、お前が大けがをして治療院に担ぎ込まれたって聞いた時は心臓が止まるかと思ったんだからな! セリナ、お前は父に『常にうわの空で、下手したら心臓が止まるかもしれなくても構わないから仕事をして』と言うのか!?」
「それは、その……」
私達のことを大切に思ってくださるのはありがたいのですけれど、そういう風になる辺りが本当にお父様らしいというか、なんというか……。
「ベティ! 頼むからセリナに言ってくれ! 父はこんなにもお前の事が心配で心配で仕方ないのだって――」
「あ、はい。考えておきます」
「ひどくないか!? 私一応ヴァンデルハート家の当主だったんだぞ!!」
すぐにベティに説得を頼むも、やはりいつものようにつれない態度で返されましたね。
お父様を慕っているのは確かですし、あの女がやたらと男遊びしてたのを考えればこういう風になるのも理解出来なくはありません。とはいえもう少し腰を落ち着けて欲しいものだと私は思う。
「頼むからセリナぁ、無理は、無理だけはしないでおくれ! もしお前に何かあったら――」
「えぇ。わかっております」
そうして取り乱すお父様に私は声をかける。
「冒険者として活動はします。けれども無理だけはしません。だって、お金を稼ぐために命を落としては本末転倒ですもの」
ほんの数日で2度も死にかけてしまっているのだから、もう無理や無茶な真似なんてわずかでもやろうとは思えない。お金は稼ぐ。けれども自分もベティもケガをしない安全なところで堅実に行う。今後はそうするつもりだ。
「ですからお父様、心配なさらないで。絶対に無事に帰ってきますから」
だからお父様がもう心配しなくてもいいよう自分の思いを伝える――何事も無く、笑いながら1日を終える。以前ならば当たり前でしかなかったことがこんなにも難しくて、喜ばしいことだとわかったから。
「頼む。頼むぞぉ……」
「はい。もちろんですわ」
「はい。約束します、旦那様」
だから私は約束する。家族3人がこうして笑い合って過ごせることを祈りつつ、ヴァンデルハート家を立て直すことを密かに誓って。心配そうに見つめるお父様をベティと一緒になだめながら。
――どこまで本気なんだか。お前のことだからどうせ人助けか何かで危険なことに首を突っ込むだろ。お前の父親も可哀想――ぐぇっ!?
あと意味の分からないことを並べ立てる棒きれをとりあえず床に叩きつけておいた。そんなことは絶対に……多分無い、はず。まずあり得ないと心の中でそうつぶやきながら。お願いだから現実になるなと密かに冷や汗を私は流すのだった……。
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